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べにーのDoc Hack

読んだら博めたり(読博)何かに毒を吐いたり(毒吐)する独白

『真夜中の探偵』有栖川有栖

読書

 

真夜中の探偵 (講談社文庫)

真夜中の探偵 (講談社文庫)

 

 

『闇の喇叭』に続く、探偵行為が禁じられた日本を描く「探偵ソラ」シリーズ第二弾。

何故か気に入ってしまった(いや、有栖川有栖は昔から好きなんですが)ので、早めに買ってしまいました。

 

空閑純は、探偵行為をしたために逮捕された父に代わり、行方不明の母を探すために、大阪に出てきた。

近くに叔父は住んでいたが、彼を頼らずにアパートを借り、高校にも行かずアルバイトで生計を立てていた。

父との接見は禁じられ、本屋のバイトは人件費切り詰めのために失いそうになり、母の情報は集まらず、従姉の女子大生目当てに寄ってくる謎の男とは同じアパートでなんだか気味が悪い。

本当に探偵になれるのか、いや母を探し出すことができるのか、と思っていたところに、父の弁護士から声をかけられる。

そこから純は、何か大きな流れに飲み込まれ、そしてある殺人事件と出会うことになる。

探偵<ソラ>、起動。

 

といったところでしょうか。

冒頭から謎のシーンでしたが、ああそうか日本は南北で分断されているのだから、例えば大阪で空襲避難訓練が行われてもおかしくないのだな、と納得。

前半は、もっぱら純が、世間とか社会とかいう、「よくわからない壁」にぶち当たる姿をみずみずしく描いており、ここだけ取り出せばミステリっぽさはほとんどないです。

むしろ、<日常の謎>系、北村薫氏が書いていても不思議ではない繊細さがあります。

一方で、無差別連続殺人犯の死刑執行のニュースが挟まれ、おそらくこれが事件と何かつながっているのだろう、とは思うのですが、なるほどああいった絡み方でしたか。

どんな世界であろうとも、無条件に存在を許されるもの、というのはありません。

おそらくそれは、ミステリの世界の名探偵だって同じことなのです。

だから、清涼院流水氏は「JOC」シリーズを書いたのかもしれません。

探偵とは何か、それが社会の中に存在する意義は何か、そのために起こる事象は何か。

そういった、ある意味では誰でもが、何かに抱くであろう若き日の苦悩を、空閑純は抱いているのです。

ところで私は、高校生の頃にはそんなこと、これっぽっちも思わなかったので、多分、何物になりたいとも思っていなかったのでしょう。

これは、己の道を定めたものだけが担う苦悩なのです。

 

というわけで、まだまだ半人前以前の探偵<ソラ>ですから、実は事件もそれほどすっきりと解決はしなかったりします(いえ、解決はするんですが、それがすっきりしないことも含めての、探偵小説的技巧なのかと思うと、あえてやっている有栖川先生に脱帽です)。

有栖川有栖の書くジュヴナイル、というのがもっと世に読まれてもいいのに、と思うのですが、ちょっといろいろな設定が重すぎるのかもしれないです。

偏りも大きすぎる、いえ物語は偏りの大きさにこそ価値が有るとも言えるのですが、きっとそれは若い人たちの求める偏りではない、というところに有栖川有栖氏の読み違いがあるのかもしれません。

とはいえ、これが「今」でなければ書けない、という気配を何か感じていらっしゃるとして、その予感も正しいのかもしれません。

どうしても日本分断の世界を描いているので、いろいろと現実と衝突し合う部分が出てきて、そのストレートではないきな臭さに若干違和感を覚える人がいるとしても、致し方ないでしょう。

 

 

「『この国には希望だけがない』とテレビで言っていましたけど、希望って、政府が作って配るものじゃないと思います。そんなことをしている国があったら、わたしは住みたくありません」(p347)

 

 

面白くもない、何ともないおっさんになってしまった私が、ニヒルな顔をしてこの言葉を笑うことは簡単です。

我々は、あまりにも多くのものを与えられすぎている。

そして、その負債を少しずつ払っているのに気づいていないのかもしれないのです。

いずれにしろ、国が滅びても、人が死に絶えるわけではない。

そこが泥の海でも、人々は生きていかなければならないのです。