結局、『臨床犯罪学者・火村英生の推理』は、最終回を録画し忘れていたので全部は確認できず。
それにしても、『白い兎が逃げる』 も『長い廊下のある家』も持っている(そして読んでいる)のに、ドラマで使われたエピソードがほとんどわからなかったのってどういう記憶力なんでしょう。
ともかく、ドラマの影響で短編をまた読みあさっています有栖川さん。
本作はちょっと長めの短編3本が収録されています。
・「オノコロ島ラプソディ」
冒頭から、有栖川先生(作中)の、叙述トリックに対する姿勢がうかがえるのが興味深いです。
火村先生が休暇でふらっと訪れた淡路島で殺人事件に遭遇するお話です。
そこには、火村先生が会ったことのある元刑事の男性がおり、その人物は容疑者のアリバイの証人となっていました。
他の容疑者にもそれぞれ、明確とは言えないまでもアリバイが存在します。
被害者は、どうやら住人に高利で金貸しをしていたらしいことがわかってきます。
金がらみの怨恨。
事件を調べていくと、なかなか複雑な背景が見えてきて、トリックより動機(あるいは、犯罪のきっかけ)のほうが一捻り加わっていておもしろかったです。
「「俺は以前、ミステリに出てくるアリバイトリックを分類してみた。こんなふうになる」
何のことだ、とこちらを向いた准教授に講義をする。
1)証人に悪意がある場合。つまりは偽証。
2)証人が時間・場所・人物などを錯覚している場合。
3)犯行現場に錯誤がある場合。
4)証拠物件(写真やビデオなど)が偽造されている場合。
5)犯行推定時刻に錯誤がある場合。
6)犯人がいたと証明される場所と犯行現場を結ぶルートに盲点がある場合。
7)遠隔操作などによって犯行が行なわれた場合。
「被害者を何らかの方法で自殺に誘導する場合を(8)としてもええ。『犯行があった時間に僕は遠くにいて、こんなものを目撃しました』と出鱈目を言うたら、それが的中してしまった、という場合を(9)としようか。これで洩れはないはずや。このうち(3)(4)(5)(8)(9)はなさそうや。長益のアリバイが偽物やとしたら、残りのどのタイプの工作が為されたと思う?」
火村は質問に答えず、私の分類に物言いをつけた。
「小説家らしいと言うべきか、面白さを狙った分類で厳密性に欠けるな。要するに捜査側が何かを見落としているわけだろ。証言、時間、場所、人物、犯行の様態を正しく認識できていない。俺が分けたら五つだ」
脈が速くなりそうだ。」(p77/※MacのOSでは丸の中に数字、が基本的に表示できないので、カッコの中に数字にしてあります)
・「ミステリ夢十夜」
『千一夜物語』のような、有栖川先生(作中)の見た夢の話。
ショートショート(よりちょっと長い)で10本、という素敵なやつです。
一番短い本格ミステリ、400字詰原稿用紙4枚で書かれたもの、というのが確か有栖川さんにはあったはずで(『ジュリエットの悲鳴』に収録されていたかな……)、その鮮やかさが印象に残っている私は、いろいろ考えても叙述トリックくらいしか浮かばなかったので絶望した記憶があります。
本格を少しずつ崩していく、オチがオチらしくない場合も多い、でもなかなか有栖川さんが書かれなかったものなので、非常に興味深いです。
のりりんこと法月麟太郎さんの『パズル崩壊』をちょっと思い出しました。
・「高原のフーダニット」
有栖川先生(作中)のもとに電話がかかってきます。
かつて、火村先生とともに嫌疑を晴らした、双子の男性の兄のほうです。
彼は、火村先生の電話番号を知りたい、と言いました。
その後、火村先生からの連絡を受けた有栖川先生は、驚きの事実を突きつけられます。
それは、双子の兄が、弟を刺し殺してしまった、という内容の電話だったというのです。
そしてまた、確固たる信念で自首する、自殺などという不名誉なことはしない、とも語っていたといいます。
双子が滞在していたという高原に出向いた二人はさらに驚きの事実を知ることになります。
自首をする、といっていたはずの人物が、殺害されて発見されたのです。
風薫る高原、一種のクローズド・サークル。
果たして誰が、弟殺しの罪で自首をしようとした人物を殺害したのか。
これもまた、トリックといいますか、事件の鍵の部分よりも、その動機の部分が面白い作品でした。
なるほど、こうやって事件を作ることもあるんだな、といいますか。
印象に残ったのはそこではないのですが。
「親子三人連れが、田舎でバス旅行をしてた。長い時間乗ってるうちに、まだ小さい子供が『トイレに行きたい』と言い出す。どうしても我慢できないようだったし、ちょうどバス停が近づいたんで、両親はベルを鳴らしてバスを停め、降ろしてもらう」
何のことですか。と言いたげな顔で遠藤が私を見ている。
「それでことなきを得たんやけれど、次のバスに乗ろうと待っていたら、臨時ニュースが耳に入る。さっきまでその家族が載ってたバスが落石の直撃をくらって、崖から転落したという。それを聞いた母親は、ぽつりとひと言、こう洩らしたそうや。『降りなければよかった……』」(p255)
クイズ風にするならば、「Q:さて母親は、なぜそんなことを言ったのでしょう?」、でしょうか。
論理的に考えてみましょう(私はわかりませんでしたが……論理的じゃないもので)。
こうなってきますと、いよいよ有栖川さんの刊行されている全作品を読みたくなってきますね。
この柔らかい文体と表現、硬派な謎、冷徹な解決、まさしく北欧抒情派メタルの趣があります。
『妃は船を沈める』かな、次は。