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べにーのDoc Hack

読んだら博めたり(読博)何かに毒を吐いたり(毒吐)する独白

『言霊たちの反乱』深水黎一郎

 

言霊たちの反乱 (講談社文庫)

言霊たちの反乱 (講談社文庫)

 

 

ちょっと深水黎一郎氏づいていた頃に読みました(まだ『ジークフリードの剣』を読んでない)。

短編集……というのか、どうなのか。

 

「漢は黙って勘違い」は、様々な聞き間違い見間違い言い間違い(相手が聞き間違い?)をしてしまう男の喜悲劇。

「お食事券」からはじまる定番の聞き間違いから、それはもう怒涛のごとくの間違い間違い間違いで、一体どれが間違いなのか、あれもか、これもか、と思っているうちに話が展開していきます。

シュール……なんでしょう、おおひなたごうの漫画を読んでいるかのようなシュールさ(嘘)。

勘違い全部に解答が与えらえているわけではないですが、おおよそのところはわかります。

横溝正史山田正紀の、ある一つの勘違いという小ネタで物語を回す手法がありますが。

むしろその小ネタだけで物語を回していくという恐ろしいことをやっておられます。

あんまり意味はないので、単純に読んで笑いましょう。

 

 

「ところで、おつとめの方は?」

「前科なんかありませんよ」

「いえ、そういう意味ではなくて……。では家業をお持ちで?」

「それって、持っていない人いるんですか?」

「では差し支えなければそれを教えて下さい」

「カキクケコです」

医者は俺の顔をまじまじと見つめた。(p32)

 

「ビバ日本語!」は、カリスマ日本語教師(自称)が巻き込まれる……巻き込まれるのかな……ある事件について。

このカリスマ日本語教師(自称)は、日本語はかなり明るいように思われるのですが、実は怪しく。

当然外国語にも怪しい。

そこから生じるずれで笑いをとりつつ話を展開していく、という……

 

 

↑的なやつです。

凪子先生は日本語の達人ですが、この話のカリスマ日本語教師(自称)はどうでしょうか。

 

「じゃセンセ、<今日はサカナの料理が食べたい>ーーこれは煮たり焼いたりしたサカナを食べたいということデスよね?」

「それにあと、お造りなんかも入るでしょうね」

嫌な予感が背中を駆け巡るのを感じながら俺は答える。

「では、<今日は母の料理が食べたい>と言ったら、これは煮たり焼いたりしたママンを食べたいのデスか?」

「何そのカニバリズム」(p91)

 

「鬼八先生のワープロ」は、ある文芸評論家が、愛用していたワープロが壊れてしまったために苦境に陥る話。

日本文壇に燦然と輝く傑物・伴鬼八氏が同じワープロを愛用していたので、それを借りて、とある作品をくそみそにこき下ろそうと書き始めたのだが……。

うーんと……登場人物(実際には登場しませんが)の名前をじーっと見ていただければわかると思いますが、そうです、そういう話です。

なので、電車の中では読まない方がいいと思います。

超くだらないのですが、それをやり切るのはすでに超絶技巧というべきかもしれません。

引用すると……何か、いろいろあれなのでやめときます……あ、この辺りなら大丈夫かな。

 

「映画やドラマなどは、主人公やヒロインの顔かたちや声、アクションなど、現実的な情報(R)がほぼ一〇〇%与えられるから、観る者の想像力(I)が発揮される余地は限りなくゼロに近い。だから受容するのにほとんど労力を要しない。ただその前に座って目を開けていれば良い。一方小説は、需要側の想像力(I)が大いに必要とされるジャンルである。だから映像作品よりもその受容には労力が必要とされるわけだが、実はその先には自らの想像力が作り上げた、いわば自分一人だけのためにカスタマイズされた桃源郷が広がっているからである。

このヴァレリーの考えを敷衍することによって、お気に入りの原作が映像化された時に、原作の愛読者であればあるほど、出来上がった映像作品に不満を感じるという現象を見事に説明することができる。すなわちどんなに見事に映像化されていようとも、各自が自らの一〇〇%の想像力で作り上げた桃源郷に勝るものなどあるわけがなく、つまりそれは自らのI(想像力)が、R(現実)によって一方的に蹂躙されることに対する不満なのであるーー。」(p172)

 

このネタでポール・ヴァレリーが出てくるところが恐ろしいというか……。

 

「情緒過多涙腺刺激性言語免疫不全症候群」は、一言で言えば「クサい言葉アレルギー」の男が巻き込まれる悲劇。

ステレオタイプの「クサい言葉」を聞くと、鼻がムズムズ、蕁麻疹、さらにはキレて暴れ出す、という。

確かに、アレルギーの中には、一瞬で顔を変貌させてしまったり、精神が不安定になったり、アナフィラキシーで死に至ったりすることがありますので、暴れるくらいはあるのかも(さて?)。

ま、ともかく、そういった体質の人間は、主にテレビの「ベタ」な展開、「クサい」台詞回しやナレーションによってアレルギーを起こしていたのですが、現実はそうではない……いや、果たしてそうなのでしょうか?

ベタは王道、王道こそが重要。

日常生活において、そんなことが起こらないとは限りませんから。

 

「そもそもさあ、最近みんなテレビに文句をつけすぎなんだよね。嫌なら見なきゃ良いんだよ。テレビなんて、電気代以外かからないんだからさあ」

俺は頷いた。

「うんうん、その通りだな。嫌なら見なきゃいい」

「だろう?」

「と同意すると思ったら大間違いだ。何故なら我々一般国民が、勝手に放送局を作って電波を流したら、電波法違反で逮捕されてしまうからだ」

「それとこれと、どう関係があるんだ?」

「だから電波はみんなの共有財産である筈なのに、自由競争のマーケットではなく、一般国民は勝手に使うことができない状態にあるということだよ。では放送局は何故大手を振って、日本の隅々にまで届く電波を流せるのか。それは放送局が国から認可を受けて、電波を独占しているからだよな」(p214)

 

「嫌なら見るな」発言、タレントさんがたまにしますよね……で、炎上するわけです。

ドランクドラゴン鈴木拓さんみたいに、炎上含めて話題になるような人って、実は貴重だったんですよねぇ……次はどんな風に炎上するような事態になるのか、とテレビ番組に注目が集まるんですから。

テレビとネットの相乗効果ってやつですね。

これを狙ってやらずに、「嫌なら見るな」発言(文脈から脱してこの言葉だけが取り上げられるのは不幸なことかもしれませんが、テレビだって編集し放題ですから文句は言いっこなしです)だけかましてしまうと、「炎上」→「そして、番組は見ない」という風に転がっていくわけです。

「炎上した上に、興味を失われる」なんて、何一つ利がない。

ネットでは、繰り返し炎上ネタが流される。

嘲笑というより、冷笑です。

いっそ、電波の認可を返して、他のことに使われたほうがいいんじゃないかと思ったりします。

テレビ局の公共性なんてはなからありませんからな。

うーん、話がずれてきました。

まあ、深水氏は、

 

○こちら===>>>

フジテレビの韓流問題に関して テレビの偏向を叩くべき - Togetterまとめ

 

↑こんなつぶやきをしておられて……つーかこの小説そのまんまですが……この国の体質に、あまり余人が目を向けない部分からメスを入れられており、なるほど鋭い人なのだなぁと改めて感心した次第です。

そんな人が「鬼八先生のワープロ」みたいな話も書いちゃうところが面白いんですが。

いろいろ考えずに、読んで笑った一冊だったと思います。