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べにーのDoc Hack

読んだら博めたり(読博)何かに毒を吐いたり(毒吐)する独白

『帰ってきたヒトラー』ティムール・ヴェルメシュ

 

帰ってきたヒトラー 上 (河出文庫 ウ 7-1)

帰ってきたヒトラー 上 (河出文庫 ウ 7-1)

 

 

 

帰ってきたヒトラー 下 (河出文庫)

帰ってきたヒトラー 下 (河出文庫)

 

 

流行りに乗ってみる。

 

世の中の流れが保守的になりつつあるのは、概ね先進国と呼ばれる国々の都合だと思います。

世界が狭くなると、帰属先を求めるというのも致し方ありますまい。

あ、世界が狭くなる、というのは、移動距離が長くなる、移動時間が短くなる、なんなら物理的距離を無視して情報をやりとりができる、という意味です。

大航海時代、今は地理上の発見ですか、あれが一つ顕著な例です。

ああなると、帰属先を母国に求めるのか、新たなところに求めるのか、そういった葛藤はありつつも、人間の不安定な精神を支えるための運動として保守的になるのでしょうか……当時のヨーロッパ人がそこまで考えていたかどうかは知りませんけれども。

そうやって、知覚できる世界を拡大しつつ、実際には世界を狭くして、その都度帰属先を強固なものにする、という手順を踏んで、やがてナショナリズムというものに結実した……と断言するのは一面的にすぎますのでやめておきます。

 

映画、見逃したなぁ……さすがに地上波ではやれないかな(日本だから大丈夫か)。

文庫の表紙が秀逸で、この記号だけでもうヒトラーしか想像し得ない、という点でも彼の強大さがわかります。

で、本書は小説です(ええと……SFかな)。

日本では、歴史改変SFというと、現代人が過去に行く(『戦国自衛隊』……最近では、なんかもうそこら中にあるので、どれをどうと言うのも面倒です)ことが結構多いですかね。

逆に、過去の人が現代に、というと、キムタクが徳川家康を演じたドラマがありましたっけ。

あとは、

 

 

↑……すぐに浮かぶのが木村明広か、俺……。

日本では天皇制というタブーのおかげで(そこを見ないようにすると)、それ以外は結構何でも許されるという風潮があるような気がします。

そこに切り込んでいく人もいますが、なかなかメジャーにはなれませんよね……

 

オクタゴニアン (1) (カドカワコミックスAエース)

オクタゴニアン (1) (カドカワコミックスAエース)

 

 

↑とか……ちょっと違うか(大塚英志先生の怨念みたいなものかな)。

一方、ヨーロッパではファ◯キンナチ、ですから、なかなか真正面からヒトラーに触れることは難しい。

その土手っ腹に風穴開けたろかい、と思ったかどうかは定かではありませんが、過去の時代からヒトラーが現代にやってくる(タイムスリップ)という、ありそうでなかった(できなかった)ネタを試してみたSFです。

 

高い城の男 (ハヤカワ文庫 SF 568)

高い城の男 (ハヤカワ文庫 SF 568)

 

 

↑ディックのこれを読んだのがまだ去年でしたっけ。

しかもアメリカで連ドラになるとかならんとか。

 

 

ゲルマニア (集英社文庫)

ゲルマニア (集英社文庫)

 

 

↑こちらは終戦間近のドイツの状況がよくわかってしまうミステリ。

何となく、第三帝国づいているなぁ、と思っていたところだったもので、反射的に購入……しようかどうかかなり迷いました。

売れてそうだけど、でかい打ち上げ花火っぽくて。

結局、「とりあえず読んでからボロクソにけなそう」と思い、購入。

 

いや、よくできていました。

もちろん、ヒトラーが現代に蘇る、などということを良識あるドイツ国民が信じるはずはないのですが、それがモノマネ芸人扱いとは……。

で、テレビに出てやることといったら、鳥肌実先輩真っ青な、ガチのナチの演説ですから。

いや、面白い。

そして、恐ろしい。

よく知られていることですが、ヒトラーがドイツ国民(いわゆるアーリア人)のために行なったことというのは、医療にしろ福祉にしろ、相当進んでいました。

で、それを全国民に適用すれば立派な福祉国家になるわけです(財源の問題はおいておいて)。

最近、何かで読みましたが、健康志向の行き着く先に優生思想が見え隠れする、誰もが健康でなければいけないような風潮はおかしい、的な話がありました。

何のために健康でいるのか。

国家を維持するためなのか、それでは奴隷のようなものではないのか。

人間はみんな、何かの奴隷ではあるのですけれど。

それに、たいていの物事は先鋭化させれば優生思想っぽく見えます。

解決しようのない問題を、わかったような顔で俎上に乗せるのはやめたほうがいいですね。

ま、とにかく、ヒトラーはその主張を、70年前とほとんど変えることなく喋るだけで、停滞したドイツ国内に新風を吹き込ませることができるのでした。

欠陥があったとはいえ、民主的な手続きで独裁者が作り上げられる(もちろん、作る側はそれを狙っていますけれども)。

ギリシア・ローマの時代から、民主主義と独裁は相性がいいのです(と、散々歴史で学んできているのに、そのことをなかなか思い出せない人たちがいますが)。

 

いかんいかん、まとまらない。

単純に楽しむこともできますし、当時のヨーロッパの状況がある程度頭に入っているとより楽しめますし、当時のナチ、ヒトラーのことがある程度わかっているとさらに楽しめます。

いろいろなことをご存知の方ほど、このブラックさ、悪魔的なセンスに身震いするのではないでしょうか。

笑えてしまうのが、なお恐ろしい。

 

 

「まず理解したのは過去六十六年のあいだに帝国領内、とくにベルリン区域において、ソヴィエト兵の数が激減していることだ。目にしただけで、その数は三〇から五〇人程度。つまり今は国防軍にとって、敵を蹴散らすまたとない好機ということだ。何しろ、参謀幕僚らが最後に見積もった時、東部戦線だけで敵兵の数はおよそ二五〇万にも及んでいたのだから、」(上、p38)

 

「この理性的な思考こそが、私のその後の人生と成功をつねに支配してきた。その思考を現代風に変えたり、軟化させたりする必要はない。その思考が確立されているからこそ逆に、古い視点も新しい視点もどちらもたやすく受け入れることができる。」(上、p57)

 

「総統になるべき者に必要なのは、乾いた情報の積み上げではなく、迅速な決断力と、それにともなう責任を引き受ける力だからだ。」(上、p132)

 

「宿敵フランスは私の知らぬ間に、ドイツにとって最大の盟友に成り上がっていた。それぞれの国の指導者ーーいや、指導者の立場にいるあやつり人形と言うべきだろうーーは機会あるごとにたがいに抱擁しあい、「二度とたがいに争わない」と裏心ない人間のように誓いを繰り返す。この固い意志をさらに強固なものにしているのが、現代のEU欧州連合の存在だ。が、この連合はそのじつ、小学生が作る<ギャング団>と同じほど幼稚な集団にすぎない。」(上、p182)

 

「あるポルトガル人と、あるギリシャ人と、あるスペイン人が売春宿に行った。金を払うのはだれか? それはドイツ人だ。」(上、p239)

 

 「まだユダヤ色が濃いブルジョワ的先導新聞は、何かを中傷しようとするとき、この手をよく使うものだ。しかたがない。こうした嘘つき連中を放り込もうにも、必要な収容施設が不足している。」(下、p29)

 

「だが、それから今までのあいだに、社会には新しい動きがあった。それは、ほとんどあらゆるものごとが文化として通用するようにーーあるいは、文化としてほめそやされるようになったことだ。今や文化欄への登場は、その人物のステータスが上がった一種のしるしになった。今や私は、通常のお笑い芸人の枠を越えた、政治意識の高いエンターテイナーというお墨付きを得た。」(下、p113)

 

イギリスのEU離脱、トランプ氏の米大統領当選……さてさて、いくつかの歴史の局面というものに我々は相対しているわけですが、どうなりますやら。