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べにーのDoc Hack

読んだら博めたり(読博)何かに毒を吐いたり(毒吐)する独白

楽器を挫折してきたおっさんの戯言(言い訳)

人生の中で、ピアノという楽器に挫折し、現在進行形でギターという楽器に挫折しつつあるおっさんが、楽器が上手くなるためにはどうしたらいいのか、ということを考えてみたりしたあれこれ。

 

・楽器に必要なのは筋肉だ!

楽器を弾くために、音楽センスというものが必要だと思っている人は多いと思います。

かくいう私もそうでしたが、では音楽センスって何なのか、ということを考えると、うまく言語化ができないと思います(音楽センスがないから言語化できない、とあきらめがちですし)。

個人的に、楽器が上手くなるために必要なものは何なのか、と考えたときに、

 

1:筋肉

2:神経

3:経験値

 

ではないか、と思っています。

それよりももっと上位にくるものとしては、「楽器をうまく弾く、という偏りを持つ脳」というのが必要なのですが(天性、というやつです)。

ま、それは置いておいて。

 

「筋肉」が必要、というのは、楽器をかじったことがある人であればよくわかると思います。

体を動かして行う、というものである以上、「筋肉」は不可欠です。

それも、「楽器を弾く」ための筋肉が必要なので、むやみやたらに鍛えればいい、というものではありません。

「神経」というのは伝わりにくいと思いますが、脳の指令をきちんと筋肉に伝えるための神経が不可欠、という話です。

「筋肉」と「神経」、それもできる限り「健康な」「筋肉」「神経」があるのが望ましい。

筋繊維を痛めている、とか、頚椎の障害で神経が傷んでいる、とかいう状態では、当たり前ですが、「体が脳の指令通りに動かない」わけです。

なので、楽器が上手くなりたい、と考えている方は、「筋肉」と「神経」を健康に保つ、という意識を持たれた方がいいと思います。

経験値」はそのままで、「楽器を弾く」という「経験値」もそうですが、例えば「上手な人の演奏を見たり聴いたりする」、という「音楽」の「経験値」も重要だと思います。

見取り稽古、という言葉が武道の世界にはありますが(あれ、武道だけじゃないかな)、動きを「見る」ことが結構大事です。

また、「見る」「聴く」というのも、「神経」の働きですので、やっぱり「神経」は重要ということになります(特定の周波数が聞こえづらい、というのは、楽器の上達にはハンディになるでしょう)。

で、「音楽センス」、天性のものについてですが、これはもう脳の偏りの問題なので、あきらめましょう。

といっても、脳の機能は成長していくものですので、天性のものがない(少ない)からといって全くあきらめる必要はありません。

ただ、それをたくさん持っている人の域まで達することは相当難しい、という認識は必要だと思います。

そういう人は、「できる」んです、脳の偏り的に。

どのように脳の機能が偏っているか、といいますと、「楽器を弾くための筋肉をどのようにして動かせばいいのか」、つまり身体操作能力の部分が、最初から非常に優れている、と考えるとよろしいかと。

こいつが、「音楽センス」の正体の一つです。

これに立ち向かうためには、練習しかありません。

「筋肉」を鍛え、信号を伝達する「神経」を鍛え、「経験値」を増やしていく。

それも、できるだけ効率のいい方法で。

なぜなら、天性の身体操作能力を持つ人たちは、「効率のいい身体の動かし方」が最初からわかっており、その上で「筋肉」や「神経」を鍛えているのですから。

容易に追いつけないのは明白です。

「天才とは、努力し続ける才能のことである」みたいな言葉がありますが、一面では正しいのですが、やっぱり「土台が違う」のです。

練習する上での方向性、効率というものがそもそも別次元、なので、凡人は、効率のいい鍛え方を身につけた上で、さらに自分の体には何が合っているのか、を探り探り進んでいかなければいけないわけです。

で、普通そんなことは、誰にも教えてもらえないので(教える側は、自分がいい、と思っている教え方をするので、それが本当に適切なのかどうかはよくわからない)、結果楽器は上達しない、ということになります。

で、挫折、と。

 

楽器に限ったことではなく、身体を使った行為であれば、おおよそこうなりますね……例えば、「線を引く」という行為一つですら、「筋肉」を使っているのですから、脳機能の偏りによっては「なぜか定規なしで直線に近い線が引ける」人と、「ぜーんぜんまっすぐな線が引けない」人がいます。

まっすぐな線を引くための、効率の良い「筋肉」の使い方があるはずなのですが、図画工作の授業じゃ教えてくれませんからね……。

スポーツでも同じことだと思います。

 

もちろんこれとは別に、「音楽」そのものを処理する脳の偏り、というものが存在するでしょう。

こっちの「音楽センス」も鍛えられるのかもしれないのですが、あいにく私にはないもので、どうやって鍛えるものなのか、さっぱりわかりませんが。

あ、ただ、「絶対音感」とやらは、特に必要ないと思います。

楽器が鳴らしている音が、西洋音階でどの音なのか、という判断ができるほうが望ましいのは間違いないです。

ただ、これは多分「経験値」でカバーできるのではないか、と。

打ち込み系の、音がたくさん鳴っている音楽よりは、スリーピースのジャズとか、ビートルズなんかの比較的シンプルなロックを聴いて、音の区別をする(特定の音に集中する)訓練をしていくといいかもしれません。

いわゆる「絶対音感」というのは、様々な音を、基礎となる音階(多くは西洋音階)と比較して「ずれているかどうか」ということに気づいてしまうもの、だと思いますので、この能力自体が楽器を演奏するのに必要だとは思いません(「エアコンの室外機の唸っている音が、Bドミナント7の三度がちょっとフラット、セブンスがちょっとシャープになってて気持ち悪いわ〜」なんて能力いらんでしょ)。

私の耳は残念なことに、和音を和音としてうまく聴き取るところまで行っていないので、せいぜい単音で鳴っているベースを拾うくらいのことしかできません(ピアノの音なんて、一番高いところか、アクセントの強い音しか拾えないんじゃないかなぁ……)。

速いメロディーを聴き取るには、「聴き取り」練習が必要なのはもちろん、「音楽の理屈」をわかっていたほうが有利です。

西洋音階をベースにしていれば、ある特定のコードの中で使われない(使うと響きが汚くなる)音、というのがありますので、それを省いて音を探すといいと思います。

そのためには「理屈」を勉強する必要があります(「音楽センス」の一つには、この「理屈」を理解する能力もありますが、「理屈」になっているので、理解できてしまえば非常に強い味方になるでしょう……私はこの「理屈」でもつまづいています)。

 

あと、アドリブを組み立てるセンスとか、曲を作るセンスとか、そういうものもあるにはありますが、「経験値」の要素が大きいものかと思いますし(生まれつきの人はいますよ、「音が降ってくる」系の人)、どんな曲でもいいのであれば鼻歌交じりに作ることは多分どなたでもできるでしょう(それが独創的であるかどうか、は聴いて判断する人間が必要になるので、あまり考えない考えない)。

 

また、「筋肉」にしろ「神経」にしろ「経験値」にしろ、子どもの頃から始めた方がいいに決まっていますから、その辺りでも挫折を味わうことにはなるわけですね(子どもの頃からやってても、どうにも芽が出ない人間もいますけれど……あ、私のことです)。

 

とにかく、凡人が何とか頑張れることは、「筋肉を鍛える」ことです。

できるだけ、自分に合った鍛え方を見つけ出し、あとは練習練習。

あ、脳の構造的に、「長い時間練習する」よりは、「短い時間でもできるだけ毎日練習する」ほうが、神経の回路がつながりやすいようです(睡眠学習ではないですが、寝ている間に脳がその日の記憶を整理するので、繰り返し脳に記憶させた方が定着率が高く、強くなるようです……だから、プロの方達は毎日やるわけです)。

 

そしてもちろん、「音楽が好き」「楽器が好き」という気持ちが不可欠です。