べにーのDoc Hack

読んだら博めたり(読博)何かに毒を吐いたり(毒吐)する独白

『浴室には誰もいない』コリン・ワトスン

 

浴室には誰もいない (創元推理文庫)

浴室には誰もいない (創元推理文庫)

 

 

帯でノリリンこと法月綸太郎氏が「私は本書で、ワトスンの魅力に開眼した」と書かれていたので、私も開眼してみたくなって購入しました……多分。

最近はいろいろな翻訳ミステリが出ているので追いかけきれないよぉ……とうれしい悲鳴をあげるミステリファンも多いのではないでしょうか。

ディヴァインとかもそうだったなぁ……あ、二冊くらいしか読んでませんけど。

 

で、話を覚えてないんですよね……結構薄いのに(読んだのはほぼ二年前だし)。

 

冒頭、警官たちがある家から浴槽を運び出すシーンから始まります(これが警官視点でなく描かれている点で、奇想を伴う導入としては◯ではないでしょうか)。

地元警察のパーブライト警部は、駆けつけた科学捜査研究所ウォーロック巡査部長に状況を説明します。

曰く、ここはペリアムという男の家で、ホップジョイというセールスマンが下宿していた、警察署に匿名の「おそろしいことが起こったに違いない」という手紙が届いたので巡査を見に行かせたが誰も出てこなかった、そして……

 

「ああ。きみのために瓶詰めにしておいた。浴室から流れ出た物質を」

「風呂の水を?」

パーブライトは顔をしかめた。「いやいや、違う。ペリアム、もしくはホップジョイだよ。液状の」(p22)

 

というわけで、どうやら浴槽でどちらかの男(の死体)が、硫酸で溶かされた、ということらしいのです。

で、捜査を開始するパーブライト警部ですが、そこにロンドンから軍情報部のロス少佐(偽名)がやってきて、この家がとあるスパイと関係していることから、警察と情報部のそれぞれの捜査が進んでいくことになります。

スパイ式の捜査も興味深いのですが、この本の厚さからして、物語の展開(それも意外な展開)が非常に早く進む印象があります。

そして、まぁなかなか無茶をなさる、という綱渡り的な展開なのですが、簡潔な叙述の中に潜ませた伏線がいい味を出していて、「なるほど」と唸ったりもしました。

あと、後書きを読んで知ったのですが、どうも英国ファルス派のかたのようで……イネスとかってことか……私、マイケル・イネスのミステリは結構面白く読んでいるのですが、いまひとつどこで笑っていいのかわからず……それに比べるとワトスンさんは、もうちょっとわかりやすく笑いどころがあり、むしろそちらの叙述のほうが参考になったりしました(京極夏彦氏のような笑わせ方、とでもいうのでしょうか)。

いや、改めてぱらぱらとめくってみると、「そうなるか、それ」という展開が多く、それがまた面白く、あれですね、モースシリーズと『裸の銃を持つ男』(のエッセンス10倍薄めくらい)で、同じ事件の解決を追っている様を同時に見せられているような、なんかそんな感じです(ほんまかい)。

これでじわじわ笑える人は、多分私より小説を読むことに向いていると思います(私は、ノリリンの解説を読んでから笑えた口です)。

 

「たくましい上半身が屈伸を繰り返すのを眺めながら、ロスは無言の見物人の満足を感じ取った。このうちひとりが薄闇に乗じてキューに唾をなすりつけ、勝利を奪ったのだ。悪意のこもった妨害行為だが、車のトランクに爆弾を入れられた程度にしか腹が立たなかった。不正に目くじらを立てるのは、敗者と臆病者だ。負けはしたが、勝ち負けなど些細なことだ。それよりも、有頂天になっている老水夫の右耳が気になった(ちなみに、アイスピックか千枚通しをそこに突き刺すと、被害者は即座に意識を失い、死亡する)。」(p110)

 

この「ちなみに」の定形的ながら抜群の面白さを醸し出す使い方とか。