現代短歌の巨人・塚本邦雄氏の小説です。
一応、ミステリー(本格っぽくはないですが、パズラーといえばいいのか)。
話の筋を説明するのが難しいので、裏表紙のあらすじを引用しますと、
「ホテルの一室で一人の若い男が死んでいた。そのかたわらには十二神将像の一体が転がり……精神病理学者、サンスクリット学者、茶道宗匠、とある山麓に魔方陣をかたどった九星花苑をつくり、密かに罌粟を栽培する秘密結社。彼らが織りなすこの世ならぬ秩序と悦楽の世界……」
というお話です。
精神病理学者の娘が、死んだ男に懸想していて、その死の謎を解き明かそうとしたりしなかったり、やっぱりするけど、それよりも大きな秘密(結社)の謎に迫ってしまう……うーむ、言葉にするのが難しいです。
全編が、旧仮名遣いで書かれており、横溢する固有名詞が著者の該博さを表し、これらの要素だけで目がくらむようです。
構築されている世界は、非常に本格ミステリに馴染み深いので、そちらのファンの方でも十分に楽しめると思います。
全編見立て(というか暗合)の人物名から、十二神将に絡む謎、仏教、秘密の花園、茶道、音楽、和菓子、植物学、魔方陣、と様々な要素がもつれあっており、もっと散文的に書かれていればいいのに、というのが最初の感想です。
歌人だからなのか、非常に詩的に感じられるのです。
また、これは狭い了見の話かもしれませんが、耽美な世界観なもので(あっち系も含めて)、読んでいると気恥ずかしささえ覚えます。
「神は細部に宿る」と言いますが、文章の隅々まで筆者の「意志」が行き届いており、その構築美にライトな物読みな私は慄然としました。
文学というのは、そういうものなのでしょうが、所詮エンタメ小説しか読まないもので。
ひょんなことで、俳句とか短歌とかのことを調べていて、塚本邦雄氏に行き当たりました。
に収録されている『嬉遊曲』の冒頭、
という一首だけで、「なんかすごいなこの人」と思いました。
この一冊しか持っていないのですが……(だめですな)。
なかなかない読書体験で、身が引きしまる思いです。
「……現代社会では心を病んでゐない者こそ異常者なのだ。一番危険なのは健康といふ名の宿痾に侵されることだ……」(P15)
魔術的世界とはこの本のようなものを指すのかと。