べにーのDoc Hack

読んだら博めたり(読博)何かに毒を吐いたり(毒吐)する独白

『時の審廷』芦辺拓

 

時の審廷

時の審廷

 

 以前、法月綸太郎先生の作品は、とりあえず「見つけたら買ってもいい本」に分類されていると書きましたが、もう一人、芦辺拓先生も、私の中ではそんな作家さんです。

といってもこの本を見つけたのは最近なんですが(あまり本屋でアンテナを張っていなかったもので)。

芦辺拓作品では、主に刑事弁護士にして名探偵である「森江春策」が活躍するシリーズが好きです。

一番好きなのはなんだろうな……『綺想宮殺人事件』かな……『三百年の謎匣』か……いや、やはり森江氏初登場の、『殺人喜劇の13人』でしょうか。

芦辺拓先生の作風は一定しませんが、盛り込まれるこれでもか、という量のネタと、壮大なストーリーテリング、意外なもの同士を有機的に結びつけて本格ミステリの結構の中で仕上げをするという手際。

メタルで例えるなら、ブラインドガーディアンのようです(?)。

 

本作の冒頭を読んですぐにピンときてしまう人はお仲間です。

終戦から時をへぬの昭和に起こった二大事件といえば、そうです<帝銀事件>と<下山事件>です。

それぞれの事件の詳しい説明はしませんが(たくさん本が出ています)、本作はそれらをモチーフとして、戦中の満州から続く血なまぐさい事件とほのかな恋物語が、現代日本でついに起こった「予定されない政権交代」と「予告された大地震」につながる、という超絶に壮大な物語です。

本格の要素は薄く、どちらかといえば社会派なのかもしれないですが、かの新本格の開祖・島田荘司氏が、実に「本格と社会派を見事に融合」させた作品を書いていたように、芦辺拓先生もまた「本格と社会派を結びつける達人」なので、あまり気にしないように。

帝政ロシア貴族の生き残り、日本分断計画、満州を舞台に活躍する名刑事、日本軍の生物化学兵器実験部隊……持ち込まれたガジェットの中には、見覚えのあるもの、新しい処理がされているもの、チープなものとたくさんあります。

それらがリアリティと紙一重の陰謀論的妄想の中で処理されると、がらんどうのように巨大で空虚な物語に皮肉を落とし込む結果になっています。

どの時点でなのかわかりませんが、あり得たかもしれない未来というものがぼんやりと透けて見えるところなどは、SFですらあり、平行世界の体験は鮮烈でしかも後味が悪く、まだしも現実はましなのではないかと思わせます。

そういう意味でも、山田正紀氏の『ミステリ・オペラ』が背後に滲んでいるような気がします。

 

こういった、読書感想文の悪見本のような文章はおいておきまして(お前が書いたんだろう)。

満州を舞台に活躍する名刑事」なんて出てきた日には、若い方は知りませんが、私なんかは「ニヤリ」とします(というより、満州が舞台だったら出しますよね)。

何から書けばいいのやら、何を書いてもネタバレになるのでこのあたりにしておきましょう。

一年に一冊は芦辺先生の作品を読んでいると思いますが、いつでもページをめくるのがもどかしいほど面白い。

扇情的な文章は決して上手とはいえないのに、なぜか熱を帯びているのです。

印象的なフレーズは少ないです(無駄が少ないので)、その分物語という塊が心に残ります。

静かな情熱、でしょうか。

ああ羨ましい……。

 

 

「何だかご大層な言い方になってしまうが、これもまた一つの”密室”事件と呼べるかもしれない。もしそうだとして、これほど幼稚でバカバカしく、世の推理マニアに一蹴されるどころか憤激さえ買いかねない”密室”は、いまだかつて体験したことはない。……」(p205)

 

 

「時」シリーズには、

 

 

時の密室 (講談社文庫)

時の密室 (講談社文庫)

 

 

 

時の誘拐 (講談社文庫)

時の誘拐 (講談社文庫)

 

 

があります。

水都・大阪を舞台にした作品で、こちらはこちらでなんとも叙情的な雰囲気のある傑作です。

過去と現代を鮮やかにつなげることが、小説であればできるのだな、と改めて思いました。