べにーのDoc Hack

読んだら博めたり(読博)何かに毒を吐いたり(毒吐)する独白

『吾輩は猫である』夏目漱石

 

吾輩は猫である (新潮文庫)

吾輩は猫である (新潮文庫)

 

 

私、文学史上に燦然と輝く人類の代表作、というものを実はほとんど読んだことがありません。

読書好き、なのではなく、「エンタメ本を読むのが好き」なだけなのです。

レ・ミゼラブル』を読んだのは、大好きな声優さんが出演されるからでした。

アンナ・カレーニナ』を読んだのは、ソフィー・マルソーが主演で映画化されると聞いたからでした。

 

 

そんな私でも、夏目漱石の『坊ちゃん』は、なぜか読みました。

人生に迷っていたのかもしれないです。

その後、夏目漱石で読んだのは「倫敦塔」とか「幻影の盾」とか……ああ、とにかく長編(大長編!)が、あまり好きではないのです。

 

 

で、今さら『吾輩は猫である』を読んでみました。

まず、

 

 

長い

 

 

というのが印象。

短いとはいいませんが、せいぜいポーの「黒猫」くらいの長さだと思っていたら、大長編じゃないですか。

しかも、内容がさしてない、という……。

アバンギャルドというかなんというか……。

 

 

日本人ならほとんど誰でも知っているあの「導入」を書いた、というだけでも漱石の偉大さがわかります。

同時に『吾輩は猫である』はどんな話か多分ほとんどの日本人が知らない(忘れている)んだろうな、ということを想起させる点でも漱石は偉大です。

 私ごときが内容を云々する必要はないと思います。

個人的には、つらつらと猫による描写が語られている部分と、登場人物の会話がテンポ良く進んで行く四章あたりからが面白いです。

なぜかこのあたりから、会話文がだらだらと続かずに、きちんと鉤括弧ごとに行が変えられているので、非常に読みやすいのです。

最初からそうなっていたら、多少長くても印象が違ったのではないか、と大漱石に言えるはずもなく……。

 

 

新潮文庫版の解説で触れられている『トリストラム・シャンディ』との類似点が興味深いです。

スターンの『トリストラム・シャンディ』を読んでみたいと思いながら、なかなか手に入れられていないので。

イギリス・ナンセンス文学といえば、ルイス・キャロルとスターン、だそうですから。

 

 

この歳にして読んでみてよかった、と思えました。

みなさん、若いうちから、意味はわからなくても、文学要覧に載っている本を片っぱしから読んでおくといいですよ。

歳をとると、そんな時間がないし、根気がないし。

近代文学は量も多いですから大変だと思いますが、多分、芥川龍之介森鴎外太宰治夏目漱石、くらいは全部読んでいないと、日本文学科ではやっていけません(?)。

西洋史学を専攻していた私は、『資本論』も『告白録』も『エミール』も『君主論』も『ガリア戦記』も読んじゃいないんですが。

 

 

「「……彼等希臘人が競技に於て得るところの賞与は彼等が演ずる技芸その物より貴重なものである。それ故に褒美にもなり、奨励の具ともなる。然し智識その物に至ってはどうである。もし智識に対する報酬として何物かを与えんとするならば、智識以上の価値のあるものを与えざるべからず。然し智識以上の珍宝が世の中にあるだろうか。無論ある筈がない。……」」(p174)

 

「……然し俗人の考うる全智全能は、時によると無智無能とも解釈が出来る。……」(p184)

 

 

皮肉なユーモアはジョンブルっぽい、ということなんでしょうかね。