ほったらかしにしておいた翻訳ミステリを読みあさろうの会。
アイルランドを舞台にした警察小説で、シリーズ第二作。
前作『悪意の森』は未読ですが、それでも十分に楽しめます(たぶん、前作を読んでいた方が面白いと思いますが)。
アイルランド警察のDV対策課の刑事であるキャシー・マドックスは、かつて殺人課にいたが、ある事件(おそらく『悪意の森』の事件)をきっかけにDV対策課に回され、その仕事に飽きていた。
そんな折、恋人で殺人課の刑事であるサムとかつての上司マッキーに呼び出されたのは、ある他殺体が発見された寒村の荒れ果てた小屋だった。
そこで死んでいたのは、キャシーそっくりの女性、レクシー・マディソン。
彼女は、近くにある「ホワイトソーン館」で、男女5人の共同生活をしていた。
キャシーは、マッキーの提案によって、レクシー・マディソンになりきり、「ホワイトソーン館」への潜入捜査を試みる。
そこで、レクシーとして生活し始めた彼女は、驚くほど馴染みながら、果たしてレクシーとは何者だったのか、そして何故殺されたのかを探っていくが……。
刑事とそっくりな被害者がいて、その生活の中に刑事が入り込む、というのはそれほど珍しいシチュエーションではありません(小説的に)。
しかし、この入り組んだプロット、設定には驚かされました。
なるほど、こういう処理の仕方をすると、通常の位相にメタの位相を重ねられる、というわけですね。
何度も使えない手ではありますが、非常に面白い。
この設定だけでも買った甲斐がありました(いや、本当に)。
物語の方は、非常に女性らしい繊細な筆致といいますか、細やかな心理描写を続けながら、潜入捜査のサスペンスを盛り上げていくという技術は見事なものでした。
キャラクターの掘り下げもうまく、「ホワイトソーン館」の共同生活者だけでなく、鄙びた村の住人達の鬱屈や、アイルランド特有の問題も絡めて、それぞれのキャラクターの影の部分にきちんと切り込んでいっています(たぶん、そのせいで長いんです。半分の量でも書けるんじゃなかろうか、と思います)。
分量は多いですが、翻訳にありがちな読みづらさというのは感じず、流れるように思考が誘導されて心地よいです。
もちろん、最後には真相が明らかにされるのですが、そのことが重要なのではなく、「ホワイトソーン館」という共同体が崩壊していく様こそが肝要なのでしょう。
ちょっと耽美な感じがするところも女流作家だからなのか(イメージの膨らませ方が詩的で美しく、おっさんにはきらきらしちゃうかもしれないです)、女性刑事の一人称だからなのか。
前作『悪意の森』もちょっと読んでみたくなりました。
「ダニエルの声のリズムが静かに寄せては返す波のように心地よく、わたしは言葉はほとんど聞いていなかった。「時間(タイム)は」あのタイムは、もしかしたらハーブのタイムのことだったのかもしれない。「タイムは、使いようによってはすごくよく効く薬だ」」(P411/上)