『約30年前の「韓国版アウシュビッツ」 収容3500人 死者551人』
(NEWSポストセブン 2015/10/11)
以下一部引用。
「日本ではほとんど報じられていないが、昨年から今年にかけて韓国の国会では「過去の恥部」が大きな問題となっていた。“国家的事業”として多くの自国民を強制収容して暴行し、550人以上が死に至った「釜山兄弟福祉院事件」。わずか30年前の出来事である。
こんな証言がある。
「暴行は3000人全員が受けていたはずです。運びだされて病院に行ったまま帰ってこない人も多かった。管理者は“死んだ”として、“言うことを聞かなかったらそうなる”と僕たちに話しました」
「食べ物をもらえず、手足を縛られて、眠ることも許されない拷問を受けました。極寒の日に水に投げ込まれたこともあります。今も、夏の暑い日でさえ冷たい水のシャワーを浴びることが怖い」
このように、昨年、韓国のラジオで壮絶な体験を告白したのは、釜山の「兄弟福祉院」(現在は名称変更)に1984年から1987年まで入所していたハン・ジョンソン氏である。
(略)
問題なのは、事件の背景に韓国の「国家的意志」があったことだ。1986年のアジア競技大会と1988年のソウル五輪を控えた韓国政府は当時、路上生活者や障害者などを街から一掃する「浄化作戦」の一環として大々的な取り締まりを実施した。
1975年に制定された「浮浪者の申告、取り締まり、収容、保護と帰郷処置および事後管理に関する業務指針」という内務省訓令第410号に基づき、兄弟福祉院への強制収容が推進されたのである。
(略)
兄弟福祉院には収容者の数に応じて国から助成金が出ていたからだ。同院には概ね年間20億ウォン(当時のレートで約7.5億円)が国庫から支払われた。警察官も、路上生活者を施設に入所させると高い勤務評定を与えられた。「金」と「評定」を目当てに、施設と警察は市民を片っ端から施設に入れたのである。」
別段、日本で報じられないからといってどうってことないニュースですが。
ソース元が週刊誌というのも何ともな感じです。
ただ、事件自体は有名なもののようですので。
見たくないものを「隠す」というのは昔からあることで、日本でもハンセン病患者が施設に押し込められていましたし、コロニーと呼ばれる施設についても発想としては同様のものがあるでしょう。
いえ、一概に否定しうるものではなく、社会の中で一定の役割を担ってきたと思います。
何故なら、「見たくない」という主体は、主に社会の成員にあったからです。
見えなくしてしまえば、まるで「存在しない」かのように思えたのでしょう。
個人的に、ですが、こういった差別などを明るみに出し、支援を行うことの意味、というのは非常に利己的な部分にあると思います。
「恐れ」です。
被差別者からの攻撃、を恐れているのではなく、「次は自分たちの番だ」という恐れです。
ですから、自分が生き残るために他人を利用している、という側面がある、と私は考えますし、そのことを忘れずいようと思います。
それでも、少しはマシな方向に行っている、と思いたいものなのです。
↑これは、韓国でいう極左系(つまり、北に近い)新聞の記事です。
ですので、こちらはこちらでどこまで信用したものか、というところですが。
「パク院長は獄中にあったが、釜山市は法人を生かし続けた。 何回か看板だけが変わった後、現在の兄弟福祉支援財団になった。 パク院長は2011年まで該当法人の理事として活動し、現在は息子のパク・チョングァン(38)氏が代表理事を務めている。」
少なくとも近代化を遂げていたであろう年代(80年代)に起こった事件のあと、現在にいたるまで、同じ施設が看板を替えながら運営しているのだそうです。
意味不明です。
この一点から、この国の人権意識とやらが伺えます。
すると、一事が万事ではないか、と疑いたくなるわけです。
(元記事)