べにーのDoc Hack

読んだら博めたり(読博)何かに毒を吐いたり(毒吐)する独白

『不可能、不確定、不完全 「できない」を証明する数学の力』ジェイムズ・D・スタイン

 

不可能、不確定、不完全: 「できない」を証明する数学の力 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫―数理を愉しむシリーズ)

不可能、不確定、不完全: 「できない」を証明する数学の力 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫―数理を愉しむシリーズ)

 

 知らんかった、「数理を愉しむシリーズ」だったんだ……。

先日、『恋と近畿の述語論理』(井上真偽)を読んだのですが、それでちょっと数理論理学に脳みそが傾いていたので、積んであった本からざくざくと発掘。

それがこちらです。

簡単に言いますと……いや、それができたら私もこんな本が出せますよ。

簡単には言えません。

冒頭から、ある作業工程のスケジューリングを改善すると、なぜか工期が延びてしまう場合がある、という話が紹介されています。

数学以前の、算数の問題のようですが、読むと「ああ、なるほど……最適化というのは、目指すものであっても、実現可能なものではないのだな」と得心してしまいます。

改善することで、「何が改善」されるのか、という視点の問題なのかもしれません(工期は延びても、雇用率が上がるのであればそれは一つの改善でしょう……工期を短縮するためにコストを投入したのだとしても)。

無限の問題、数学理論と物理学理論の違い、光の粒子性と波動性、不確定性原理量子もつれ、立方体の体積を二倍にするには、解の公式は何次方程式まで存在するのか、群、平行線公準、三段論法、不完全性定理複素数超ひも理論、巡回セールスマン問題、カオス理論、エントロピー、投票のパラドックス、不可能性の定理、アラバマパラドックス……もうなんのことだかわかりません。

読み物としては非常に面白いのに、頭に残っているものがあまりにも少なくて……。

そして、存外に、といってしまっていいのかどうかわかりませんが、数学の論理というのが、案外生活の身近なところで息づいている(あるいは、身近なものを、数学の論理が切り開いて見せている)ということに驚きました。

歴史学は虚学と言われて久しいですが、数学は立派な実学なのですねぇ……羨ましい(?)。

とにかく、知的好奇心をくすぐられる、非常に面白い本であることは間違いないです。

特にミステリ読みにとっては、興味深い話がいくつも掲載されていると思います。

 

 

ちなみに、ミステリ小説における論理とは、その作品内での論理でしかないので、お間違えのないよう(ミステリ小説の世界で起こったことは、その世界の理で解かなければならないのです……決して、現世の理を導入してはなりません)。

これがわからないと、なかなか没入できないですよね(かくいう私も、『逆転裁判』というゲームにのめり込めないのです……あれ、小説に比べると、非常に強固なゲーム世界内論理が確立されていますから)。

 

 

「人を月に送り込めるのに、どうして風邪を治せないんだ?」(p18)

 

銀河英雄伝説』の世界でも、風邪は「不治の病」です(実際には、医学が「治す」より早く、人間が回復しちゃうから、だそうですが)。

 

 

「私は半世紀近く数学を教えたり研究したりしてきたが、君たちの「3」にかんする知識は私のそれをほとんど変わらない。なにしろ「3」とは何かすら説明できないのだ。」(p49)

 

 

「フランスの数学者・哲学者のブレーズ・パスカルは、哲学と確立を組み合わせた最初の人物だろう。パスカルは、神が存在しないかもしれないという可能性をあえて認めたうえで、理性のある者は神を信じるべきだと主張した。」(p73)

 

 

「英語のsquare the circleーー与えられた円と同じ面積の正方形を作図するーーという表現は、不可能な作業という意味でよく用いられる。」(p137)

 

 

「「地球の軌道はあらゆる事物の基準である。それに外接する正一二面体を置き、さらにその外側の円が火星の軌道である。また、火星の軌道のまわりの正四面体に外接する円が、木星である。木星のまわりには立方体がきて、その外側に接するのが土星である。さて、地球の軌道に内接するのは正二〇面体で、その内側の円が金星となる。金星の内側には正八面体がきて、その中には水星の軌道がある。これで、惑星の数に意味があることがわかるだろう……」(『大発見ーー道に挑んだ歴史』ダニエル・ブアスティン著、鈴木主税・野中邦子訳、集英社より引用)

この上なく美しい体形だ。しかしまったくもって間違っている。」(p146)

 

 

「カオス現象の根底にある数学法則は決定論的だ。つまり関連する方程式には解があり、現在と過去が未来を完全に決定している。問題は、カオスの法則自体が予測不可能な現象を引きおこすことではない。情報不足のせいで、その現象を私たちが予測できないことだ。」(p305)

 

 

ギリシャ神話のイカロスからスペースシャトル<チャレンジャー>号にいたるまで、数多くの悲劇の原因になっているのは、外界にある現実への注意が欠けていたことだ。チャレンジャー号爆発事故は、機体が危険な状態のままで打上げを強行してしまったために起こった。その原因調査委員会のメンバーだったリチャード・ファインマンは、「テクノロジーを成功させるためには、広報よりもまず現実を優先すべきである。なぜなら自然を欺くことはできないからである」と記している。(p319)

 

 

「私が関心を抱いた対象の一つがチェスだった。熱心に研究し、チェスにかんする話を読んだ。今でも覚えているのが、チェスの名人が正体を隠して列車で旅をする話だ。名人は、気鋭の若き天才といきなり対戦することになる。名人は途中で、人は歳を取ると自分でコマを動かすのをやめてコマが動くのを見守るようになるのだと述べる。」(p396)