べにーのDoc Hack

読んだら博めたり(読博)何かに毒を吐いたり(毒吐)する独白

『軍神の血脈』高田崇史

 

軍神の血脈 楠木正成秘伝 (講談社文庫)

軍神の血脈 楠木正成秘伝 (講談社文庫)

 

 

高田崇史ノンシリーズ。

題材は「楠木正成」です。

うーん、知らない……本当に日本の中世には疎いもので。

 

薬剤師の早乙女瑠璃の祖父は、元海軍少尉で神風特攻隊の生き残りだった。

そんな祖父から、『太平記』を渡された。

楠木正成公に関して、想像を絶する事実」にたどり着いたが、そのことを話すためには『太平記』を読んでいなければわからない、という。

特に祖父に可愛がってもらった記憶のない(瑠璃が入院したときには、見舞いにも来てくれなかった)が、ある日父の功(神宮寺薬科大学教授)から、祖父が入院したと告げられる。

それも、何者かに襲われたという。

毒物は容易には分析ができないもの(アルカロイド系であることは間違いなさそうだった)。

祖父の胸ポケットには「楠木」を意匠化した文字の書かれた紙が入っており、それが犯人とつながるものではないかと警察は睨んでいるらしい。

「楠木」、「楠木正成」。

まさか、祖父のたどり着いた事実と関係があるのか……『太平記』と向き合おうとした瑠璃の前に、高校時代の同級生で歴史作家の山本京一郎が現れる。

瑠璃は彼の力を借りながら、「楠木正成」の秘密に迫ろうとする。

その瑠璃の元にも、危険が手を伸ばしてきていた……。

 

という、歴史ミステリではわりとありがちな展開(『QED』とか、『ダ・ヴィンチ・コード』とか)ですが、それだけに南北朝の頃の話が、まったく詳しくない私の頭にもするすると入ってきます。

中世もぼちぼちと勉強しないといけませんな……『平家物語』『太平記』『吾妻鏡』あたりからか……遠い話だ……。

 

 

「見事なり、彦七」

尊氏は軍扇を上げ、血まみれの首を指し示す。

「これぞまさしく、楠木判官正成に相違なし!」

おお……という、安堵の声とも簡単の声とも取れる、大きなどよめきが庭中に広がった。

「よくもやったり、彦七」尊氏は立ち上がって呵々大笑した。「存分に、褒美を取らせる」

「はーっ」

平伏したままの彦七から視線を逸らすと、尊氏は腰掛けていた床几を蹴って立ち上がり、足早に陣の奥へと戻る。その後を直義が追った。」(p13)

 

序ですが、冒頭から重要なシーンだったりします。

彦七というのは「大森彦七」で、湊川の戦いで「楠木正成」の首をとった、とされている武士です。

 

「警部もご存知かとは思いますが、現在では殆どの特攻隊員たちが皇国史観に殉じたわけではなく、ただ純粋に、自分の家族や日本の風土や後輩たちのために、自らの命を投げ出したことが分かっています」

「彼らの遺書などからも、そう判明してるらしいからな」

「ところが、ごく一部、純潔に天皇陛下のために命を捨てようという人間たちがいたそうなんです。警部は、終戦後ーーつまりポツダム宣言受諾後に特攻した軍人たちがいるという話を、お聞きになったことがありますか」

「ああ。話だけだがな。陛下の玉音放送後に、敢えて敵艦に向けて突入したという」

(p97)

 

東京帝国大学に初めて国史科ができた頃なんだけどね、重野安繹、久米邦武、星野恒という三人の博士が教授になった。しかし三人とも、楠木正成を全く評価しなかったんだよ。というのも久米博士は、『大将というのは一人になっても生き抜くのが本当だ。敗死を覚悟で戦に行くのは真の武将ではない』と言い、また星野博士は、『初めから死ぬつもりでいたことは良くない』と主張した。(略)」(p148)

 

「本当に、殆どなにも知らないみたいね」千裕が電話の向こうで嘆息した。「東京にあるじゃないの、彦七の有名な絵が」

「どこに!」

雑司ヶ谷の『鬼子母神堂』よ」(p174)

 

「熊野から都へと向かう旅の僧が摂津国までやって来た。するとそこで地元の人の言う通り、怪しげな亡霊が現れる。これは近衛院の御世に源頼政によって退治された、頭は猿、胴は狸、尾は蛇、手足は虎のような形をした鵺という怪鳥だった。旅の僧は、その鵺を供養する。すると鵺は喜び、いかに頼政が勇敢であり、また、自分を退治したことで名を上げたかを告げて、舞い踊りながら消えて行くーーという、典型的な怨霊慰撫の話なんだけど、何か引っかからないか?」

「引っかかる……?」(p265)

 

ノンシリーズだけに、映像化も面白いんじゃないかと思いますが……客入らんなこりゃ。