べにーのDoc Hack

読んだら博めたり(読博)何かに毒を吐いたり(毒吐)する独白

『花窗玻璃』深水黎一郎

 

花窗玻璃 天使たちの殺意 (河出文庫)

花窗玻璃 天使たちの殺意 (河出文庫)

 

 

↑いつの間にか、たくさん本を出しておられる『ウルチモ・トルッコ』(『最後のトリック』に改題)の作者、深水黎一郎氏の一冊(2007年デビューだから……まあ、そりゃ、たくさん書きますわな)。

『ウルチモ・トルッコ』のメインのネタは覚えているのですが、他の部分があまりに思い出せないので、もう一回読み返したくなります……が、それはともかく、こちらはどうやらシリーズ探偵が登場するらしいです(?)。

 

 

フランス、ランス大聖堂。

歴代フランス王の戴冠が行われたゴシック建築の教会。

その南塔から男が落下し、死亡した現場に、運悪く(良く?)刑事が通りかかった。

南塔には階段が一つきり、他に昇降手段はない。

刑事は階段を駆け上がり、誰ともすれ違うことなく、屋上に出た。

もし男が突き落とされたならば、犯人とすれ違うはず。

では、男は自殺か、あるいは事故死なのか。

 

神泉寺瞬一郎は、芸術一家である神泉寺家に生まれた多才な人物で(とはいえまだ二十代)、警視庁捜査一家の警部補である海埜の甥っ子である。日本の大学に見切りをつけて、世界中を飛び回っている。ひょっこり帰国して、海埜の手こずっていた事件の解決に一役買ってから、何かと事件に関わることが多くなっていた。

毎回、海外で膨大な量の書物を買い込んでは海埜の家に送りつけてくる瞬一郎だったが、今回の荷物の中に不思議な画集が入っていた。カラーの美しい画集なのに、あちこちにボールペンで線が引かれている。パリの古本屋で買ったというこれを、瞬一郎は「不憫だから」と不思議なことを言った。海埜が問いただすと、(なんと)話すのは気が重いので「読め」という。

そこには、瞬一郎が、フランスで遭遇した事件の顛末が描かれているというのだった。

「花窗玻璃」と名付けられたそれは、ランスで起きた転落事件とも関係があるのだという……。

 

 

というわけで、ランス大聖堂と、そこに飾られているシャガールの花窗玻璃(ステンドグラス)にまつわるミステリーです。

何しろ作者はブルゴーニュ大、パリ大にも行かれていたという本物ですから、横溢する美術関係の知識(それだけではない)が半端なく、素人にはなかなか太刀打ちできないものがあります(こればかりは、いくら本を読んでも、それについて思索したことのない人間には表現できないでしょう)。

一方私は、美術に全く疎いものですから、そうですね、シャガールとかモネとか名前は知っていても人物は知らない、人物は知らなくても絵を知っているならましなのですが絵も知らない、結局名前しか知らないので、乱打される美術関連の単語に脳みそがくらくらしました。

さらに、小説自体に仕掛けられた……仕掛けられたのかな……あるものによって、頭痛は増すばかり。

その企みが、果たして惹句通りに成功しているのかは、読まれた方がそれぞれお考えになるとよろしいかと思います(個人的には、もうちょっと……でしょうか)。

事件の展開、暗示、謎解き、はどれも一級品です(トリック自体は、「あれ」っぽいですが、伏線がきちんと張られています)。

私の想像力がないのか、犯行現場の描写が全然目に浮かばなかったです……と思って見返しを見たら、ランス大聖堂の写真が掲載されていました。

そうそう、これこれ……どうしてこれを最初にきちんと見なかったのか……。

 

 

「前々からちょっとおかしいとは思っていたんですが、さては伯父さんも、あいつらの一味だったんですね?」

「あいつらって?」

「あいつらと言ったらあいつらですよ! あの<常用漢字>、さらにさかのぼった<当用漢字>なる愚にもつかないものを制定して、日本国民の知的レベルを下げることに、一生を賭して来た連中ですよ! 当用漢字以外は使ってはならぬ、常用漢字以外は使うべからずと命じて、新聞などに《損失補てん》とか《一生の伴りょ》とか、《よう精》とか《比ゆ的表現》などという白痴的な表現を蔓延らせた、あの日本語弾圧の元凶たちですよ!」(p179)

 

 

……最近、江戸〜昭和初期の文献を読むにつれ、漢字はともかく変体仮名辞典が手元にほしいと思う私でした……いや、変体仮名って代表的なものは限られているのでいいんですけど、「かな」を「かな」で検索する、なんてわけのわからないことをやらなくてはいけないんですね……前後の文脈から当たりがつくので、大体はいけるんですが、ちょいちょい読めないのに遭遇します……。

この話がトリックと関係あるわけではありません。