アニメ化されちゃった<ジョーカー・ゲーム>シリーズの最新作。
帝国陸軍内に極秘裏に組織されたスパイ養成機関”D機関”。
いつもながらの込み入った、と同時に悲壮感の漂う命がけの洒落た物語が展開されています。
結城中佐が組織した”D機関”に所属する人間は、スパイとしての責務を果たすため全知全能を傾けます。
情報を得ること、そして決して死なないこと。
死は(殺人であれ、自殺であれ)、人目を引き、騒ぎを引き起こし、混乱を引きずってくるもの。
それは、人目を引かず、騒ぎに浮かれず、混乱にあっては共に混乱する、その場に溶け込む”スパイ”にとって、もっともあってはならない事態。
よって彼らは、どれほど過酷な状況の中でも、生き残ることを模索します。
軍属でありながら、ロマンチシズムとともに死ぬことを許されないもの、それが”スパイ”。
卓越した能力を駆使し、まるで遊戯のように情報を、人を操り、闇に紛れる。
そんな”スパイ”たちのお話です(いずれも中編、といったところでしょうか)。
「ワルキューレ」では、ベルリンに潜り込んだスパイが、日独合作の映画製作の現場に巻き込まれ、その日本側の主演俳優の色恋沙汰がやがてゲッペルスとルーフェンシュタールにつながっていく……というお話。
第二次大戦、映画、といったらドイツではゲッペルスとレニ・ルーフェンシュタール、日本でいえば甘粕正彦と満映、とイコールで結ばれるようなものです(私見)。
日本のスパイが探っているのは、新造されつつあった新しいベルリンーー「ゲルマニア」と名付けられるはずの年ーーにおける日本の新大使館において、防諜体制を整えること、です。
ということは、誰かが新大使館を探っているのではないか、と疑われているわけですね。
同盟国だろうが、諜報活動にはなんら関係がない、というのは、近年暴露された某国の盗聴記録によっても明らかです。
諜報活動は、当然ながら全方位的でなければならないわけで、国際的な信頼関係とやらは何も裏打ちしてはくれないのです。
日本のスパイ・雪村の活動は、やがて思わぬ展開を見せていくのですが……ちょっとだけ、京極夏彦氏の『巷説百物語』シリーズを思い出しましたとさ。
「舞踏会の夜」は、華族出身で、若い頃から家出を繰り返し、ダンスホールに入り浸っていた放蕩な女性の物語。
その若い頃、愚連隊から彼女を救ってくれた軍人を、三十路を過ぎた今もなお追いかけているのでした。
と書けば、その軍人とのロマンスが甦ってくるのではないか、と想像ができるわけですが、そこは巧者・柳広司氏ですから、思いがけない展開が待っています。
こうやってネタをふり、こうやって伏線を張って、こうドラマを展開させれば、見事に錯覚させられる、というお手本のような一品です。
「パンドラ」は、文庫書き下ろし短編。
ロンドン市内で、外務省勤務の人物の死体が発見されます。
浴室内で手首を切った死体、鍵とドアチェーン、二重のロックがかかった状況から、一度は自殺と判断されますが、スコットランド・ヤードの敏腕警部はこれが密室殺人だと見抜きます。
そこで、殺された人物の足取りを洗っていくと、ある黒衣の人物が現れ……。
「アジア・エクスプレス」は、ついに登場満鉄<あじあ>号です。
ソ連を裏切っていた在満ソ連領事館の官吏から、至急の要件だと呼び出された”D機関”の瀬戸は、<あじあ>号に乗っていました。
待ち合わせ場所が<あじあ>号だったのです。
新京駅から四平街駅を抜け、奉天に向けて疾走する<あじあ>号内で接触を試みるソ連の官吏。
合図があり、瀬戸がトイレに向かうと、その官吏は殺されていました。
どうやらソ連の諜報機関<スメルシュ>の手に落ちたようです。
奉天までおよそ2時間、どこにも止まらない超特急<あじあ>号内で、<スメルシュ>と”D機関”の頭脳戦が始まるのでした。
どちらがどちらを出し抜き、そして生き残るのか。
うん、ハリウッド映画にするには地味な話ですが(地味かつ入り組んでいて、おそらく映像に向かない)、やはり<動く密室>超特急というのは魅力的な舞台設定ですね。
しかし、豪華列車に登場するガジェットというのが、どの作品でもほとんど共通しているのもなんだか面白い話です。
例えば……ああ、やめておきます。
というわけで、これがシリーズファイナル、というわけではないのでしょうけれども……あれ、そういえば実写映画化されましたね『ジョーカー・ゲーム』って……結局観なかったなぁ……地味、かつ入り組んでいる、という点では映像化に向かないのではないかと思うんですけれどねぇ……あでも、『ソウ』みたいなソリッドシチュエーションだと思えばそうでもないのかな(ホラー嫌いな私が『ソウ』だけは、DVDを買ってみましたからねぇ……あれはよかった)。
『グランド・イリュージョン』みたいに、派手だといいんですけれどねぇ……同じ騙し合いでも、ほんと地味で……(いや、誉めてるんですけれど)。
伏線の作り方と、プロットをちょっといじると、十分映像化できる……からこそ実写化したし、アニメ化もしたんですよねぇきっと……。
私は原作が面白いと思いますが、作品によって結構質がばらばらで、もうちょっと丁寧な伏線がほしいな……と思うこともありましたよ(「アジア・エクスプレス」とか)。
ロバート・レッドフォードの『スパイ・ゲーム』と、リーアム・ニーソンの『96時間』(でしたっけ?)をくっつけたような映画になると、面白いんじゃないかなぁ〜(適当)。
「”まえはたガンバレ、まえはたガンバレ、カッタ、カッタ、カッタ、カッタ”」
と日本語のラジオ音声を、思いの外上手に真似てみせた。
「ベルリン大会での日本のあのアナウンサーには度肝を抜かれたよ。レニと私がいくら万全の態勢を整えても、あれほど巧みに国民を熱狂に導くことはできなかったのだからね。悔しいが、われわれの負けだ」(p47)
「贅沢は国家によって禁止されたーー冗談や、笑い話ではない。宝石や高価な着物、香水や果実の販売までを制限する法令が制定されたのだ。」(p171)
「三度は偶然とは言わない。」(p251)
実は、柳広司氏は、歴史贋作もののほうが好みだったりします。
そろそろ『黄金の灰』……は読んだか、あれ、何を読んでないんだっけな……『新世界』とか『トーキョー・プリズン』、『贋作『坊ちゃん』殺人事件』とかか。