べにーのDoc Hack

読んだら博めたり(読博)何かに毒を吐いたり(毒吐)する独白

『血の季節』小泉喜美子

 

血の季節 (宝島社文庫)

血の季節 (宝島社文庫)

 

 

全然知らずに買っていたのですが、『弁護側の証人』のかたでしたか。

あれはもう……お見事、という他ない出来でしたから(確か読んでいるはずです……)。

うーん……あらすじを書くことでさえ躊躇われる感じの逸品、といっていいかもしれません。

怜悧で緻密な文章は、どこか少女漫画を読んでいるような錯覚を覚えるのですが、やっぱり女流作家(セクハラ)としての特徴なのかな、と思います。

その緻密さに、構成での重厚さが加わり、ゴシックホラーな雰囲気がヒリヒリと伝わってきます。

そうですね……「重い」、という感覚、ナイトウィッシュやウィズイン・テンプテーションなんかの、叙情的メロディックデスメタルを初めて聴いたときのような、なんとも言い難い怪しさがたっぷり漂っています。

ストーリーとしては、死刑を待つ囚人(幼女殺人事件)のモノローグが中心で、合間にその幼女殺人事件を追う警察の捜査が描かれるのですが、回想シーンでは、戦時中に外国公館に迷い込んでしまって、そこで美しい金髪碧眼の兄妹と出会ったり、その家の様子がなんだかおかしかったり、という少女漫画の王道のような(萩尾望都……は王道じゃないか……)展開です。

一方で、警察の捜査の方はかなり俗っぽく、この不思議な対比がなかなか心地よいです。

また、後半に行くにつれで、戦況は激しさを増し、臨場感や閉塞感のためなのか新聞記事が挿入されたり、囚人の精神鑑定に関しての調書が入っていたりと、この辺りからゴシックめいた部分は退いて、もうちょっと現代的な雰囲気になります(まあ、新聞記事なんかは欧米の昔の小説でもうまい具体に使われていましたけれども)。

タイトルから想像される怪異、作中で散りばめられる様々なガジェットから、これが何の話なのかを悟ることは難しくはありません。

それでも、それをどこまでもどこまでも引き伸ばして行こうとするような執念を、一方で登場人物によってばっさりと切り落とさせ、心理学的なもので換骨奪胎しむける、というのが……ああ、そうか、カーの『火刑法廷』を最初に読んだときに似ているのかもしれませんね。

読み込みの甘い私には、動機の不可解な点(不可解であるが故の存在感)辺りが、わかってはいてもすっきりしないので、どう分類していいのか困ります(ゴシックっぽいし、やっぱり少女漫画っぽい)。

ミステリではある、本格に近い、しかし本格ではないし、そもそもこれはフーダニットでもハウダニットでもない、では何の謎を解くのか、という点では嫌いじゃないです。

不思議なものを不思議でない、と解体してなお、不思議なものが残る……現実ではなくフィクションこそが持ちうる力、昔も今も人間はリアルとフィクションの間を生きているのだとすれば、それがここに表現されている……ような気がします。

装丁も含めて、いい文庫でした。

 

「あの頃というのは、もうずっと古い年月のかなたに埋没してしまった、が、ときとして誰の記憶の底からも思いがけない鮮明さでふいに浮かび上がってくることの必ずあるあのふしぎな日々、つまり幼年期のことであります。」(p25)

 

Childhood's end……クラークでもTMネットワークでも。