べにーのDoc Hack

読んだら博めたり(読博)何かに毒を吐いたり(毒吐)する独白

『はなれわざ』クリスチアナ・ブランド

 

はなれわざ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

はなれわざ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

ブランドさんの代表作。

個人的に『招かれざる客たちのビュッフエ』が大好き(なわりには、内容は覚えていない)なのです。

で、長編も好きなのですが、『疑惑の霧』が読了しているはずなのに、最後までなんだったのかがよく思い出せない……再読すると「あぁ!」と思う、私にとってはミステリ的な部分での強烈な印象がメインで、どうしても小説としての部分に思い至らない……という残念な読書体験です。

あ、ブランドさんは悪くないです、一片たりとも。

で、『はなれわざ』。

巻末解説を恩田陸さんが書いておられるので、そちらを読んでいただくといいのだと思います。

ブランド・ワールドではおなじみの(私の読む順番がむちゃくちゃなので、勝手におなじみにしています)、サン・ホアン・エル・ビラータという架空の島国が登場します。

一癖二癖ある人物たちと一緒に、イタリア周遊旅行の途上にいるスコットランド・ヤードのコックリル警部が、殺人事件に巻き込まれるのですが……ええと、そうですね、書きすぎるとネタバレせずにはいられないものなので(超有名ですので、今更ネタバレしたところで、という感じもしますが)、うまく書けるかどうかわかりませんが、前にもブランドの作品の感想で書きましたが、人物描写、心理描写が長い、多い、そして、おそらくそれがサスペンスを盛り上げるのに非常に有効に機能しているのだと思います(謎めいた登場人物の素性を明かしていく、というのは、ある意味で「謎解き」の一種ですので、ミステリには必要不可欠な要素かと思います)。

今回、コックリル警部は休暇中、そして異国にあるということで捜査権限を発揮できない、という制限が加えられています、これもミステリでは定番で、日本でもトラベルミステリで多用されますね(大抵、主人公に都合よく話が進むわけです……がそれが小説というものです)。

この異国、というのが、今回はサン・ホアン、こちらも一筋縄ではいかない場所であり、そのサスペンスフルな状況作り、ある種のクローズド・サークル作りにうまく利用されていると思います。

で、何よりサン・ホアンという国の描写が面白い……こんな国あったら嫌だな、と思いつつ、日本人でしかない我々にはなかなか想像しがたいようなモデルがあるようにも思えたりします。

物理的な閉鎖空間、文化的(?)な閉鎖空間の中、コックリル警部がいかにして真相にたどり着くのか。

そして、現代ミステリでこれをやったらもう顰蹙だろうな、と思われるようなトリック(?)、ひょっとすると書かれた当時ですらそうだったかもしれないトリックを、ぐいっとひねり上げて、さらに巧みな伏線を張り巡らせる……ブランドの叙述の巧緻さに意表を突かれた思いです、ああこの方法があったのかと。

1955年上梓ですから、すでに古典の域に入っていますが、まだ我々の時代と地続き、モダンといっていい時代の作品ですので、古めかしいフィルム映画を見るようなノスタルジィを感じながら読み進めることができると思います。

 

「ミス・レイン、あなたはなかなか、人間の性格をご研究ですな」

コックリル警部は、調子よく口をあわせた。

「研究して見るだけの値打ちのあることですわ」(p91)

 

「やっぱりなにかのご本の文句を真似ていますの。なんといったか、あなたの頭のよさで、当ててごらんになったら?」

「私の見当では、こんなところと考えますね。《こんどばかりは、外をのぞく窓もない。星型をした小窓さえが》とね」(p107)

 

「あのひとは金持ちなんですよ、警部さん。金持ちでひとりものーーこういった連中は、ひとりものだってことを苦にしません。なにしろ金があるんですからね。ところが、なにかうまくいかないことがあると、財産がいつまでつづくか心配になってくる。それがなくならぬうちに、なんとか活用して、ご亭主をつかまえようとなさる」(p231)

 

ミステリを読んでいつも思うのは、トリックを思いついても、そこにいたるまでにいくつもの「偽りの解決」を作り出すほうが実は大変なんじゃないのか、ということです。

多重解決もの(という言い方はちょっと違うような気がしますが……複数解釈ものかな)の嚆矢は『毒入りチョコレート事件』でしょうか、それに始まって、いくつもいくつもあとちょっとで正解には至らない解決を考える……なかなかの苦行です。

井上真偽さんはすごいなぁ、と純粋に思います。