べにーのDoc Hack

読んだら博めたり(読博)何かに毒を吐いたり(毒吐)する独白

『愚者たちの棺』コリン・ワトスン

 

愚者たちの棺 (創元推理文庫)

愚者たちの棺 (創元推理文庫)

 

気になった作家の本は、特に小説は、二冊以上は読んでみないことには、なかなか評価が下せない、というのが持論です。

その作家の傾向が、自分の趣味とあっているのかどうか。

一冊だけ読んで面白い、とやめてしまう<私的一発屋作家>さんもいらっしゃるのですが、大抵は二冊以上読むようにしています。

で、面白い、となると、シリーズなどをいそいそと掘り進む作業に移るわけです。

 

そんなわけで、ワトスンの二冊目、とはいえ、実質はシリーズ一作目になる『愚者たちの棺』を読んだのが、もう三年前ですか……はぁ……あの頃は、週に一冊ペースで読んでいましたので、結構な読書量、かつ頭に残っていないこといないこと。

メモを残すため、久々にパラパラめくっても、とんと思い出せない。

 

フラックスボローという街で、奇妙な事件(事故?)が起こります。

新聞社社主のグウィル氏が、真冬の送電線の下で、感電死した状態で発見されたのでした。

スリッパ履き、口にはマシュマロを詰め込み、右手には花か星に似た感電時の火傷跡……老齢に近い人物が、送電線に自ら登って感電死したのだとしたら、いろいろと奇妙な点がありました。

この人物、数ヶ月前に、隣人である海運仲介業者の葬式に立ち会っていたのですが……パーブライト警部率いるフラックスボロー警察が捜査に乗り出すと、やはり参列者の弁護士が、チャブ署長に密かに護衛を依頼してきたことが判明、謎の感電死と海運仲介業者の死に何らかの関係があるのではないか、と考えられるようになりました。

海運仲介業者の家政婦は、成仏できない(イギリスですので、成仏はしないわけですが)雇い主がまだあたりを彷徨っている、と言い出したり。

新聞社の三行広告が、謎の暗号めいたものだったり。

やはり葬式に参列していた医師と葬儀屋が怪しい動きを見せていたり。

こうして、事件は混乱を生じさせたまま、意外な方向へと展開していくのでした。

 

ええと、これ以上書くとネタバレになりますので、このあたりにしておきますが、まずプロットが巧みです(というか、あざとい)。

冒頭は、海運仲介業者の葬式の話題から始まり、もちろんそれが事件に関係しているだろうことは予想がつくのですが、まぁそれがこんな展開に……そこからボロボロと明るみになっていく事実というのも、なるほどファルス派に分類されることもあるそうなので、お行儀の良いことには全くなりません。

視点を固定して叙述されており、それは基本的にパーブライト警部の視点なのですが、ときどき別の人物の視点を混ぜることで、展開に厚みを持たせています(映像でこれをやろうと思うと、いい役者さんが必要だと思います)。

ううむ、書くべきことは書き、そうでないところは省略する、というミスリードの基本……それが、現代日本人が読んでどう思うのかはともかく、伏線とのバランスで巧みだ、という感じでしょうか。

で、ま、英国的だと思われる笑いの部分も、最後の最後まで皮肉が効いているので、そうだなぁ、日本の二時間サスペンスなどではあまり受け入れられない部分かもしれないですね……しかし人間的で、個人的には好きです、こういうオチ。

わりと薄いんですが、展開の起伏が激しいので、こってりした印象。

名探偵ものではなく、警察小説である、ということでも、皮肉な部分が効いているのかもしれないです。

もうちょっとシリーズを読んでもいいかなぁ……積んである本が全然なくならないのでなんとも……。

 

 

「地色のままの赤レンガの壁は、郊外の高級住宅地に臆面もなく居を構えた初代の所有者、成金の靴紐製造業者を未だ恥じて赤面しているかのようだ。」(p24)

 

「パーブライトはうなずいた「ええ、遺憾ですが」チャブの飼っているヨークシャーテリアのうちの一匹を轢いてしまったような口調、言い換えれば、深い満足感を後悔の念で糊塗した口調で言った。」(p52)

 

「ハーパーは、すべて見通しているが素直に白状すれば悪いようにはしない、と言外に匂わせた。これは確たる証拠が底をつき、一日分の給料と引き換えてでも相手に白状させたいときに警察官が使う手だ。」(p201)

 

「「おたくのほうでは、大地主はいまだ健在ですか」

パーブライトは首を横に振った。「ほとんどいませんね。うちの地方の上流階級はずいぶん昔に没落しました。あれはマナーハウスかな。いわゆる封建領主が住むような」

「ええ。本物の領主が屋敷のどこかで這いずっている」

初夜権の濫用が祟って、下半身が麻痺でもしましたか」

「いや、梅毒。あれじゃ生ける屍だ」」(p227)