- 作者: レオペルッツ,Leo Perutz,垂野創一郎
- 出版社/メーカー: 晶文社
- 発売日: 2005/03/01
- メディア: 単行本
- 購入: 4人 クリック: 38回
- この商品を含むブログ (34件) を見る
あ、2005年とは結構前ですね。
作者はプラハ出身のユダヤ人で、1901年ウィーンに移住して執筆を開始、『ボリバル侯爵』『スウェーデンの騎士』『夜毎に石の橋の下で』、『第三の魔弾』などの著作があるそうです。
どうやら世界的にも人気だったようで(もちろん戦前です)、代表作なのか何なのか、『どこに転がっていくの、林檎ちゃん』というイカしたタイトルの著作もあるようです。
で、私が知ったのはもちろん『ボリバル侯爵』を読んだからでした。
お……こっちの方が発売日が後だったとは……国書刊行会さんありがとう。
『ボリバル侯爵』は文句のつけようがなく面白いです。
本格にすれている人も、「なんだこの話……」と思っているうちに、だんだんと引き込まれていくこと請け合いです。
で、本作ですが……
1909年のウィーンでの話(語り手は、騎兵大尉のヨッシュという人物)。
俳優オイゲン・ビショーフの屋敷に、友人たちが楽器をもって集まっていた。ビショーフの妻ディナ、その弟のフェリックス、ヨッシュ大尉、医学博士ゴルスキ、そして新参者と思われるエンジニアのゾルグループ。
ビショーフは著名ではあったが、時代に遅れ始めた役者だった(次回公演が危ぶまれていた)。
その上、彼が預金していた銀行は倒産し、彼はまだその事実を知らなかった。
そんな中、何かを探るような気配で始まった会合の中、ビショーフは不思議な事件のことを語った。
ある海軍士官が、自殺した弟の真意を探っていた(弟は美術学校の通う優秀な学生で、自殺する動機はまったく見当たらなかった)。
兄の海軍士官は、弟とまったく同じ生活を始める(何時に起き、美術学校に入り、美術を習い、カフェに行き、弟が習っていたイタリア語を習った)。
しかしある日海軍士官もまた、自ら命を絶ってしまった。
海軍士官の(ということはその弟の、でもある)下宿の料理女は、士官が死ぬ直前に、彼女には意味のわからない叫びを聞いた、という。
そして灰皿には、まだ火の消えていないタバコが残されていた。
エンジニアのゾルグループは事件に大変興味を持ったようだが、会合はビショーフの芝居の話になり、彼はリチャード三世を演じる準備(役に入り込む)ため、庭にある四阿に向かった。
やがて、銃声が鳴り響き、客たちが駆けつけたときには、ビショーフは拳銃を手にして床に倒れていた。
密室状況の現場に自殺と思われたが、ゾルグループは殺人だと断言する。
しかし、誰が、どうやって……。
あらすじを書くと、なにやら古典的なミステリーな空気しかありませんが、入り組んだ人間関係と、ウィーンの街を駆け巡りながら情報を集める様子なんかはサスペンスフルで、しかも驚くことにミステリーではないのです。
正確にいえば本格ミステリーではない、甲賀三郎いうところの「変格」ってやつでしょうか。
ですので、結末らしきものがあり、真相らしきものが提示されますが、それが正しく事実だったのかどうかがよくわかりません。
不思議なことに、展開自体は非常に本格然としていて、名探偵(エンジニアのゾルグループ)が大活躍して、記述者(ヨッシュ大尉)の出番はないのか、いやそうでもないのか、とどきどきしながら読んでいけるのですね。
古いウィーンの街の雰囲気も、なんだかいい感じです。
というわけで、読み終えた結果、やっぱり最初にお勧めするのは『ボリバル侯爵』だな、という結論に達しました。
「僕らはみんな造物主の大いなる意志を裏切った出来損ないの被造物だ。恐るべき敵を見に宿しながら、自分じゃそれに気づかない。そいつはふだんはおとなしく、死んだように眠っている。しかし一旦奴が目を覚ましたら!」(p15)