べにーのDoc Hack

読んだら博めたり(読博)何かに毒を吐いたり(毒吐)する独白

『フォックス家の殺人』エラリィ・クイーン

 

フォックス家の殺人 (ハヤカワ・ミステリ文庫 2-32)

フォックス家の殺人 (ハヤカワ・ミステリ文庫 2-32)

 

 

クイーンくらい全部読んでおくべきじゃないのか人生において(だってクリスティは多いから)、というのを「人生の後期クイーン問題」と呼んでいるのは私ですが、何を読んだか読んでいないか、を今ひとつ記憶できなかったりしているので困ったものです。

というわけで『フォックス家の殺人』、これは多分、<ライツヴィル>ものを全部読もう、と考えての購入だったのだと思うのですが、二年前のことでよく覚えていません。

三部に別れた本作は、第一部では、ライツヴィル出身で、戦闘機パイロットのデイヴィー・フォックス大尉が凱旋するところから始まります。

戦争でダメージを負ったデイヴィー、その傷は神経にあって(今で言えばPTSDですかね)、最終的に彼の妻リンダを手にかけようとしてしまいます。

そこで、リンダは、かつてライツヴィルに起こった事件(『災厄の町』事件)を解決したエラリー・クイーンに相談を持ちかけることをデイヴィーに提案します。

デイヴィーの父親・ベイアードは12年前に、自身の妻であるジェシカを殺害した罪で現在服役中。

この事件が、デイヴィーの神経を蝕んでいる本当の原因ではないのか、とリンダは考えています。

つまり、エラリーは、すでに解決済み(と思われている)事件を掘り返して、(警察でもないのに)再捜査をして、あまつさえ(一縷の望みもそこにあるのかないのかわからないのに)服役囚の無罪を証明することに挑戦するわけです。

 

これは、名探偵が登場しなければ、リーガル・サスペンスとして語られるものなんだと思います。

警察小説にもできなくはないですが、未解決事件(コールドケース)ではなく、すでに解決している事件を捜査するわけで、旦那の神経症をなんとかしたい、という理由で警察が動けるものではなく。

まして、公判でもそれ以降も、自分が無実であると訴えているわけでもない服役囚の無罪を証明する、ということを警察がするはずもなく。

ストーリー上、弁護士を登場させる必然性もない(森江春策を連れてこないといけませんな)。

まあ、クイーンが登場する話を考えるわけですから、そういう展開にするのは当たり前なのですが、展開だけを考えるなら、何かしら装飾を施して弁護士を登場させるのが定石でしょう。

 

それはともかく。

クイーンが取り上げることの多いモチーフ「父と子」。

架空都市ライツヴィルに凝縮されている(当時の)現代アメリカの縮図。

世界大戦が人間の精神にもたらしただろう影響。

もう、なんか、ごりっごりの社会派なんですけれども。

すでに本格ミステリとしての王道からはみ出しているクイーンなので、驚きはしないのですが。

過去の捜査記録から事件を再現し、そこになんらかの瑕疵が存在しないのかを突き止めようとするエラリーのやってることは名探偵でもないし。

超・地味、といってもいいくらい。

ある一つの問題(パズル)から、そのとき何が起こったのか、そしてそれが意味することは何なのか……に迫っていく様は、かなりしびれます。

そして犯人……ああ、これは、そうですね、うーん、『◯◯◯◯』のクイーン版でもあるのか……そう考えると、劇的さを演出するためには使いやすい手段なのかな……使われ方はちょっと違っていますけれども……。

 

なんだかんだ書いていますが、面白いんだよなぁこれが……これだけでも、超絶に質の高い二時間サスペンスにできます(……え、もうしてましたっけ?)。

 

「「ではこの事件を引き受けてくださるんですね!」リンダはソファーからとびあがった。

エラリイは彼女の手をとった。「ぼくは百万発に一発というのが大好きでしてね」といってほほえみながら、「特に、一人の男が口にした一言と、二人のすばらしい若者に対する信頼のほか、手懸かりらしきものはなに一つないとあっては、黙って見てはいられませんな」(p99)

 

 

「そしてエラリイは、突然、か弱いものでも力を持ち得ることを知った。」(p385)

 

 

『FRESH!マンデー』#73とか

さて、『FRESH!マンデー』は#73。

 

○こちら===>>>

freshlive.tv

 

学院祭振り返り回でございますな(この時点で、自分の記憶がひどいもんだったとわかり、もう恥ずかしくて死にそう……)。

出席は、パフォーマンス委員長の藤平さん、森さん、野崎さん、トーク委員長の麻生さん(あと森センセ)。

日直は藤平さんです。

 

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『死体は笑みを招く』ネレ・ノイハウス

 

死体は笑みを招く (創元推理文庫)

死体は笑みを招く (創元推理文庫)

 

 

うーん、二年前……読書ペースが落ちてきてしまって、なかなか本が読めていないのですが、過去に読んだものを整理しておかなくては……と思って積んでみたら30冊くらい残ってました……読んでない本はもっとありますけども……地味に消化中。

さて、ドイツ発・警察小説の人気シリーズで、シリーズ3作目が最初に邦訳され、続いて4作目、1作目、そして今回が2作目。

純粋な探偵小説(そんなものがまだ存在するとして)と異なり、警察小説は必然的に社会派の要素を多分に取り入れることになります……とはいえ、本格ミステリというのは、実際には隠れ社会派であることが多いのですが……要するに、物語に関して、社会の実相やらに触れずに済むようなものはそうそうないし、現実社会に生きているものが物語に触れて、自分の社会での体験を投影して何がしかの連想をするな、ということのほうが無理なわけです。

日本では『相棒』というドラマが流行っており、また、毎回テレビドラマには警察の登場するものが人気を博しているわけで、小説でも警察小説というものは多い……んですが、不思議とこの国では未だに名探偵の登場する本格ミステリも多い……他の国の実情はよく知りませんが、10数年前にアルテが登場したことで話題になったフランスとかのことを考えると、特殊なんだろうなぁ日本……。

 

ええと、主人公は相変わらず、貴族の出自であるオリヴァー・フォン・ボーデンシュタイン首席警部と、ピア・キルヒホフ警部です。

クローンベルクのオペル動物園で遺体が発見された、という一報がオリヴァーに入り、現場に駆けつけると、まず片腕が、ついで片脚、と切断された部位が発見されます。

その後、牧草地で発見された遺体は、教師でありながら過激な動物愛護活動をしている人物とわかります。

動物園そのものに反対していた人物が、動物園で発見されたことで、園長のザンダーに疑いの目が向けられますが、調べていくとその人物はあちこちでトラブルを巻き起こしており、掘れば掘るほど容疑者が増えていく、という様相。

ケルクベルクとケーニヒシュタインを結ぶバイパス工事に自然保護の観点から反対しており、過激なウエブサイトでそのことを喧伝していたり、そのために市長や市会議員、工事に関連する会社とも揉め事が持ち上がっている、と。

 

 

 

ここからどうやって展開していくのか、と思っていたら、そうか現代警察小説ですから、エコ、菜食主義と、IT関係のネタが同時に成立するわけですね……。

シリーズもので、しかも警察小説となると、登場人物の人間関係やらドラマにも焦点を当てながら話を引っ張っていく、というのが常套手段で、これが名探偵ものだとなかなかそうはいかない(どうしても超人性を求められているところがあるんでしょうか)。

といっても、本作の続編は既訳ですので、そっちを読んで何が起こったのかは大体わかっているのですが、「ああ、そうだったのか」と腑に落ちるようなことが、オリヴァーにもピアにも起こります。

加えて、周辺の登場人物の関係性、それぞれのドラマも、簡潔ながら掘り下げられていて、結構な分厚さはあるとはいえ、スピード感が損なわれないのは文章の構成力なのでしょう。

面白かった……はずなんですが、あんまり覚えていないんですよね……個人的に、テーマが自分にとって身近だったためか、『白雪姫には死んでもらう』がよかったかなぁ……ただ、すでに6作目まで訳出されていますので、そのうちに……。

 

「オリヴァーは思わずニヤニヤした。彼が若い頃、自然保護を訴える若者はドイツ連邦軍のパーカを着て、パレスチナスカーフを首に巻き、髪の毛をわざと何日も洗わなかったりしたものだ。」(p13)

 

「二十七万平方メートルあります」ザンダー延長は腰に手を当てた。「そしてばらばら死体がどこに転がって射るかわからない。動物ふれあいコーナーは閉鎖しました。子どもが生首でも見つけようものなら悪夢です。」(p17)

 

伏線が巧妙、というか、さらっと書かれすぎているので、ミスリードにまんまと乗っかります(毎回)、そのあたりのテクニックはすごい……けどちょっとズルいかなぁ……。