べにーのDoc Hack

読んだら博めたり(読博)何かに毒を吐いたり(毒吐)する独白

『なぜ地形と地理がわかると古代史がこんなに面白くなるのか』千田稔

 

古代史、地形とついていると、ついつい手に取ってしまいます。

といっても、新書ですのでそこまでがっつりと新しいことが書かれているわけではありません。

思考のベース作りとしては、いい本ではないかと思います。

例えば、大陸からの稲の伝播ルートの推定。

山東半島朝鮮半島ルート」「朝鮮半島南部ルート」「南西諸島ルート」の、大まかに三つが考えられており、このうち「南西諸島ルート」が主要なものだったとすれば、稲作は朝鮮半島を経ずに直接日本に渡ってきたことになります。

ものの移動は人の移動でもあります。

我々の文化は、大陸や朝鮮半島にルーツを持つことは語るに及びませんが、朝鮮半島を必ずしも経由する必要がなかった、ということも考えられるわけです。

 

他にも、大陸の三国時代、当時の日本列島の国が、魏から「親魏倭王」の称号を得ていたことは、東海にある日本列島と、呉を挟撃したいという魏の狙いがあったもの、との説が載っています。

そのこと自体は古い説ではありません。

邪馬台国」の時代のことですね。

ここで忘れられがちなのは、何らかの交易があった、ということは、日本列島の国側は、大陸の言語や文字をある程度まで理解していたのではないか、ということです。

固有の文字はなかったにしろ、「邪馬台国」の時代の文化水準は、それほど低いものではなかったはずです。

 

面白いのは「なぜ、平将門は関東で「新皇」を自称したのか」という章に掲載されている、当時の関東の地図です。

これを見ると、「香取神宮」「鹿島神宮」が向かい合って立っている理由がわかります。

当時は内陸に入り込んだ内海の、それぞれ岬に立っていたんですね。

どうも昔の神社は、古墳の上に建てられるか、海辺に建てられるか、という事情があったようです。

それを怨霊だから、と捉える説もあります。

浅学の身にはわかりませんが、古い神社の立地を考えるには、当時の地形図を再現していただけると掴めるものがあるように思います。

 

歴史は面白い。