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べにーのDoc Hack

読んだら博めたり(読博)何かに毒を吐いたり(毒吐)する独白

『異形にされた人たち』塩見鮮一郎

読書

 

異形にされた人たち (河出文庫)

異形にされた人たち (河出文庫)

 

 

薄めの本を読んでいた時期があります(といっても、ビッグサイトで売っている類のものではないです)。

サンカ文学といえば三角寛ですが、賎民を取り上げて物する人といえば、塩見鮮一郎氏ということになるのでしょうか(その業績がどれほどのものなのか、を私ごときが云々することはできません)。

本書は、賎民や差別にまつわるコトや書物について奔放に語られたエッセイ、といえばいいのでしょうか(私、エッセイのことはよく知りません)。

 

1章「異形にされた人たち」では、しょっぱなに徳富蘆花からの引用をのせ、彼が貧民たちを「再発見」したことに、近代における差別の源泉を見ます。

本来、「身分」(ということはつまり体制)から解き放たれたはずの乞食という存在が、江戸の幕藩体制の中で再び「身分」に取り込まれていく様。

「非人」を取り締まるのは「非人」という皮肉。

明治維新、「四民平等」で身分と職を失ったのが「武士」と「賎民」だったという事実。

 

「それは、夏目漱石が植民地を見る目と、ちょうどつりあっている。

(略)

夏目漱石の目には、下層労働者のクーリーが、「異形」に見えたのだ。そのことを、「日記」に記したのではなくて、「朝日新聞」の紙上に堂々と発表したのだから、自分の感覚に自信があったのだろう。それを読んで、共感してくれる市民の存在も確信していた。

夏目漱石が、「支那のクーリー」を発見した視線もまた、「近代の目」である。」(p20)

 

賎民層は、江戸時代には租税を免除されていたが、近代国家においての平等原則からは逃れ得ないこと。

 

「この構造は、こんにちでもあてはまる。極貧の当事者を除けば、支援者のすべては、蘆花と同じ位置にいる。ボランティアも同じである。支援者もボランティアも、救済を必要とするような社会を作っている側に所属している。」(p25)

 

私の仕事なども同じです。

 

「残念ながら、貧民を分析したところで、自分がやっていることを、きちんと説明できない。せいぜい、役所仕事と割り切って困窮者に対応するか、優越者の同情として努力するしか、ここではなにも実現しない。」(p27)

 

非常に耳の痛い話です。

そして、残念なことにこれが資本主義であろうと社会主義であろうと、人間が社会を構成しようとする以上発生する「歪み」とその是正の指向により、必然的に存在し、解消され得ないというところでしょうか。

 

2章「山窩はなぜ興味をそそったか」では「サンカ」という名称の発生が語られています。

 

「ほとんどの市民は、「大恥辱」というこの考えをうたがわなかった。つまり、「サンカ狩り」を当然としたのである。異なる規範、近代化に背を向けた生活スタイルを、維新以降の社会は、許容できなかった。サンカへの興味は、サンカを絶滅させるためにしか効果を発揮しなかった。」(p47)

 

3章「虚構としての山窩」では、三角寛、鷹野弥三郎などの「サンカ」文学がどのように捉えられ、作家諸氏がその発明をいかに守ろうとしたのか、といったことが書かれています(と思います)。

 

「日本を近代国家にしなければならない。戸籍のない者がひとりでもいるのはおかしい。そのような考えに立つと、「山窩」の存在はこまる。無知で哀れでどうしようもない者たちになる。同化をこばむ許されざる集団になる。」(p75)

 

4章「コトリとサンカ」では、都市伝説としての「コトリ」と「サンカ」の共通点と、被差別者に向けられる世間の関心について書かれています。

 

「ということは、この娘が被差別部落の出身だとしてもいいし、在日朝鮮人だとしてもおなじだ。作者や読者が関心をいだいているのは、部落や在日の人たちの正確なすがたというよりは、かれらを見て生ずる心的な葛藤のほうなのだ。劣位の集団にかれらを勝手に位置づけ、そこに属した者の悲劇をもとめているにすぎない。だから対象になる集団がサンカであろうと部落であろうと在日であろうと、結果は似てくる。びっくりするほどの美女や精力絶倫の男がいたりして、「作家・読者」双方の下衆な願望を反映していることがわかる。」(p93)

 

↑は被差別者が登場する文学に関してですが、古来こういった話はどこにでもあったものだ、とも言えます(ただ、文学=読書が庶民化した世界において、顕著に取り扱われたこともまた近代的ではあるでしょう)。

 

5章は「弾左衛門の読み方」。

差別・被差別というものが、必然的に近代的なものに移り変わってしまい、本来的な(江戸時代にあった)身分差別を理解できていない。

弾左衛門は、当然賤称の解消を望んでいましたが、そのやりかたについては彼ら側からどうするべきか発信されることも望んでいました。

残念ながら、明治新政府は、きっちりと全部を破壊することにしたのですが。

 

「これまでわたしたちは近代差別の幻想を江戸の賎民社会に投影して語っていたにすぎないのではないかーーということである。」(p105)

 

6章「新聞事始」では、新聞の独自性、特異性について迫っています。

7章は「乞食への哀愁」で、石角春之助という人物に注目しています。

 

「石角春之助の取材の仕方は、どのようなものであったのだろう。乞食のそばにしゃばむか、同じベンチにすわり、時間をかけて話しあったのだろうか。

いずれにしろ、貧者を低く見るのがあたりまえであった時代に、同じ目線の高さで接したからこそ、最下層の人びとは胸襟をひらいた。なんども、なんども通い、顔をおぼえ、名を知ることができたから、路上生活者や売春婦個々の喜怒哀楽を具体的にとらえることができた。」(p141)

 

私などはいけませんね……心中の偏見をいかんともしがたいままに、仕事をしています。

 

8章「賎民史のインデックス」では、『日本奴隷史』という書物に着目し、著者の阿部弘蔵と、その著書を復刻させた八切止夫とについて書かれています。

9章は「五百年前の東京」として、菊池山哉の『五百年前の東京』という書物から、かつての江戸の姿、また弾左衛門などの賎民たちを知らなければ江戸の真の姿は理解できないだろうという示唆が得られます。

10章「別所と東光寺の魅力」では、エミシの俘囚を、共同体の中に散在させた「別所」と呼ばれる存在について語られています。

11章は「起源論の水準」として、菊池山哉の『特殊部落の研究』復刊によせて、部落の呼称についての問題を投げかけています。

 

「名称を云々するより、現実を変革するほうが大事だろう、と思った。しかし、差別は、実態概念ではなく、関係性の概念なのだ。関係する人たちをつつみこむ文化概念こそが問題であったのだ。そしてその中心には、言葉の問題が横たわっていた。」(p204)

 

この言葉などは、まあ耳の痛いといいますか、どこまでもついてくる呪いのような話しです。

12章は「差別と天皇」。

 

明治維新直後では、天皇のことを、「天子様」と説明してはじめて、町人や農民はやっと理解した。この天皇の知名度のあまりの低さに不安をおぼえた新政府は、やっきになって、天皇の神聖さを学校で教えた。若い天皇に各地を巡幸させ、正月には肖像写真を新聞の付録にして配布した。天皇に報恩するよう説き、天皇のために戦死するのは名誉なことであると教えた。」(p251)

 

西欧列強=キリスト教一神教)という分析があり、それに抗するために天皇を神格化していった、という話もありますね。

 

「なぜなら、近代の天皇は、政治、宗教、軍事の、どの仕事もあたえられていないからである。見かけはどうであれ、実際には、そのような明確な職業をもつものとして設定されていない。天皇は政治家でもなければ、宗教人でもないし、軍人でもない。

維新の元勲たちはそのことがよくわかっていた。

天皇が批判の対象になったとき、かれらがあわてふためいたのは、天皇が固有の職業をもっていないことが周知の事実になることを恐れてであった。天皇親政をいいながら、実際の政治の決定は、はじめは元老院でにぎっていたのだし、のちに帝国議会がその役を引き受けた。天皇には、形式的な上奏のセレモニーがあるだけだった。」(p232)

 

「しかし農民にとっては、「牛馬食」こそ、絶対にしてはならないことだった。幕府の法令で禁じられ、宗教でもって地獄に堕ちると教えられてきた。タブーの中のタブーだった。そうだからこそ、死牛馬を扱うエタ非人の部落を、川の向こう岸に置き、忌避してきたのだ。

肉食をする天皇は、農民にとっては、「異人」の仲間に思えたし、また部落の人と同じに見えた。部落と天皇が、農民の意識のうえで、このとき通底したのである。部落と天皇の近しさがいわれだすのは、維新以前からではなく、肉食がすすめられるようになってからなのである。」(p245)

 

神国日本は美しいとかなんとか、美辞麗句を並べられて怪訝な顔をするかたがいらっしゃいます。

海外から見れば、そんなことはなかろう、と。

もちろん、どこにでも美しいものはありますし、そうでないものもあるでしょう。

自然はどこにあっても神秘なるものです。

人のいるところには、なんらかの不条理が反射して、見たくなくなるものもあるでしょう。

特別日本が美しいわけではありません。

最近のこういった「日本アゲ」な風潮が何を物語っているのか、というと、今まで「日本サゲ」をしすぎてきた反動だ、という言説があります。

確かに一理あります。

反動であれば、ある程度のところで止まらなければなりませんが、さてどうなるでしょうか。

といって、極右になったとしても、どこかと戦争をするのは容易ではありませんけども。

残念ながら、戦後築かれてきた日本は、少しずつ失われていくでしょう。

我々が好む、このぬるま湯のような日本は、もう許されないのかもしれないです。

となれば、美しい国ではなくて、普通の国になるだけでしょう。

左の人たちは、本当は美しい国を望んでいるのに、それを保守の政権党の党首に言われたからやっきになって否定しているだけのように思えます。

一方で、保守とはいえ中道左寄りの政権も、よくわからない政策を打っている現状(やってみないとわからないことも多いわけですが)。

日本の良さを訴えても、若者たちは引き寄せられません(恩恵に被っていないからですね……まあ、この時代に生きているだけで恩恵なのですが)。

日本を支えてきたものが、決して美しいものではなく、厳しく、醜いものなのかもしれませんし。

それでもいいのか。

 

 

あ、あんまり本の感想ではないですね。

とにかく、自分の仕事を省みても、耳の痛い言葉の多い本でした。