『有栖川有栖の密室大図鑑』という本がありまして、
海外、国内の密室ミステリを取り上げて紹介しているのですが、有栖川さんがお選びになっただけに、基本とも言える作品が取り上げられていて、密室入門編としては抜群にわかりやすいです。
その中には、今となっては手に入りづらい作品もありまして……『ローウェル城の密室』なんてその最たるものかなぁ……十年ほど前に天城一さんの諸作が分厚い本でまとめられましたので読めますし、フラナガンの「北イタリア物語」も『アデスタを吹く冷たい風』が文庫化されましたし……ポケミスで『天外消失』が再販されたりもして、古典的な本格に接するにはいい時代になりましたね……。
というわけで、↑に掲載されている作品くらいは読んでおこう、と思って、中古で手にいれたのが『そして死の鐘が鳴る』です。
ストーリーは……あれ、ほとんど覚えていない……ある会社の特許とか、権利とか、そういったものを巡って、経営者が失踪していたのですが、その死体がある教会の塔の中で見つかります。
その教会には、「とてつもなく大きな彫像」が12体あって、暖房工事のためにそれを全部、塔(鐘楼)の中に移動させていました。
大理石製のそれらが、男の上に倒れてきて絶命したのではないか、と考えられました。
砕けた大理石で出入り口は塞がれており、塔の屋上のドアは鍵が閉まっていて出入り不可能。
窓は明かりとり程度の細いものが、かなり高い位置にあるだけ。
もし犯人がいるとして、何らかの方法で内側から彫像を倒して男を殺害したとしたら、犯人は外に出ることができません。
外から彫像を倒すことは不可能ではないでしょうが、何しろ彫像12体全部倒れているので、できるのかどうか(石積みの塔のようなので、壁が相当分厚いのだとすると、そうした仕掛けなりができるのかどうか)。
このトリック、というか解決が……まあ読んでいただければわかりますが。
現代本格に慣れた身には、「何だってトリックに使える」という作家諸氏の努力や執念が身にしみていて、それほどの衝撃ではないですが、1973年にこれはなかなかすごい……ていうか、むしろこれって、◯◯◯◯の時代の話にしたほうが面白いんじゃないのかな……ほら、柳さんが得意な感じで。
何ていうんでしょう、密室の衝撃、破壊力が大きすぎて、話が入ってこないところなんかは、島田荘司御大を思わせますね(『斜め屋敷〜』とか何の話でしたっけ)。
あと、何だろう……作者は英国探偵作家クラブの会長を務めたこともある人のようなので、ちゃんとガチで本格を書いておられるのだと思いますが、説明が足りない……むしろこの人、マイケル・イネスみたいなスタンスなんじゃないのかと……この密室も冗談なんじゃないか、ってちょっと思っちゃいます。
プロットが惜しいなぁ……翻訳のせいかなあ……昨今の新訳ブームに乗っかって復刊しないかな……同じトリックで誰かに描きなおしてほしいとさえ思う、ワンダーなトリックでした。
「「フェネラね」スローン警部はそれを手帳に書きとめたーー新しいページに。
すべての事件は、かならず何かを起点としてはじまるものだ。
通常は名前といっしょに。」(p21)
「「それ以前は、渡り場がありました。ローマ人はその渡り場を利用したのです」
「ほう、そうですか」と、スローンはぼんやりつぶやいた。
そうすると、ローマ人は足を濡らし、アングロサクソン人は濡らさなかったわけだ。それは進歩だろうか。
それとも、単なる歴史にすぎないのだろうか。」(p73)
「「重要なことは、きみの問題を述べることだ」と、署長は言明した。
リーエスはかつてマネジメント講座を聴講していたころ、目的と目標についてのはてしない混同に悩まされたことがあった。
「はい」
「できるだけ簡潔にだよ」
「はい」
「きみが何をなぜやっているのかを認識するためだ」
その講座ではそのことをゴールと呼んでいたが、リーエスはそんなことは忘れてしまっていた。」(p120)
「「厳密にいえば」スローンはいつもの皮肉な言葉が心に浮かんでつぎの瞬間に消え去るのを感じながら、おだやかに訂正した。「われわれはなぜという点をかならすじも知る必要はないと思うよ」
「そうですか」
「しかしね、陪審員はそれが好きなんだよ」と、彼はひやかすような調子でつけ加えた。」(p222)
あ、今気づいたのですが、私、この人の文章結構好きみたいです……。