べにーのDoc Hack

読んだら博めたり(読博)何かに毒を吐いたり(毒吐)する独白

『ミハスの落日』貫井徳郎

 

ミハスの落日 (創元推理文庫)

ミハスの落日 (創元推理文庫)

 

 なかなか貫井徳郎さんは手が出せない……ちょっと好みとずれているところがあるからだと思います。

短編好き〜として購入した、ような気がします。

「ミハスの落日」は、スペイン一の製薬会社の創業者から呼び出された青年の話。

彼の母が、創業者と幼馴染で、しかも幼い頃に共通の知人を、密室での死亡事件で亡くしている。

創業者は、まだ若い頃に彼の母と再会し、その事件を思い出したのだが、彼の母を殺人者だと糾弾してしまったことを悔いて、彼に遺産の一部を託そうとしていた。

限りない偶然の末に起こった密室での死亡事件の真相とは……。

 

「私の言葉に、アリーザはなかなか応じようとしなかった。私たちは路上で立ち止まり、長い間互いに見つめ合っていた。それは他人の目には、愛し合う恋人同士のように映っただろう。だが私たちの間に横たわる緊張感は、とてもそんな甘いものではなかった。私はそのうち、息苦しささえ覚え始めた。」(p47)

 

「「神意? つまりパコの死は、神が与えた罰だとおっしゃるんですか」

「そうだ。なぜならあの密室は、神が作った密室だったからだよ」」(p52)

 

 

ストックホルムの埋み火」は、ストーカーと思われる殺人事件に関わる刑事の話。

ヴィデオレンタルショップの店員からストーキングを受けていたと思しき女性が殺害された。

だが、店員はどうやら遺体を発見はしたものの、殺してまではいない様子。

事件を追う若い刑事は、優秀すぎる自分の父親(名刑事)との葛藤と戦いながらも犯人を追い詰めるが……。

刑事を完全無欠なもの、善良なもの、として描かない辺りはややノワールっぽい、というか、最近の西洋系の警察ミステリでよくある「悩みを抱える刑事」ものなのですが、その悩みが結構根深く、そしてミステリに通暁している人には驚きの展開が待ち受けています(すぐ気付く人もいるでしょうけれども)。

 

「サンフランシスコの深い闇」は、保険会社の調査員の話。

三人の夫を亡くした、娘を持つ未亡人。

その三人目の死因について、事故なのか殺人なのか、調査を開始した調査員だが、サンフランシスコの悪徳刑事は絡んでくるわ、上司は適当だわ、で苦労しながらも、揉み手しぃしぃ持ち前のサラリーマン根性でくぐり抜けていく、という話です(何かちょっと違う)。

 

ジャカルタの黎明」は、連続して起こる娼婦殺しの話。

「夜明けの殺人鬼」とも呼ばれているその娼婦殺しに怯える娼婦たち。

その中の一人は、元夫が殺されたことを知り、その犯人を突き止めようとする中で意外な真実を知ることになります。

 

「トシはひとりでビルを読み、ぼんやりと前方に視線を投げていた。物思いに耽っているようなその横顔は、ずいぶん知的に見える。頭がいいお金持ちの日本人。あたしはこの前会ったときに感じた、何か通じ合うものがあるかのような錯覚を思い出した。そして、錯覚はあくまで錯覚に過ぎないのだと、自分に言い聞かせる。あたしが持っていないあらゆるものを持っている外国の人と、いったい何が通じ合うというのか。金さえもらえれば、心はいらない。他に欲しいのは、その場だけの優しさ。」(p219)

 

「カイロの残照」は、アメリカからやってきた、失踪した夫を探す女性と現地ガイドの話。

ガイドは、女性の捜索に付き合いますが、その過程で命を狙われるようになり、自分の過去と否応無く対峙することになります。

 

著者によるあとがきと、村上貴史氏による解説を読んでいただければ、本短編集の趣向についてはよくわかります。

海外を舞台にしたミステリ、しかもどんでん返しが含まれており、かつ恋愛模様も描かれる、という。

実際に現地で取材をされているだけあって、淡々とした中に潜むリアルな描写は、揶揄されがちなトラベルミステリとしても秀逸でしょうし、なにより構成が美しい。

私は『慟哭』も読んでいない、どちらかというとだめな読者だと思いますが、それでも巧みな構成にはしてやられた、という感銘を受けます(ただ、巧みすぎて、つまりはきちんと読み手に意図が伝わりすぎて、先の展開がぼんやり読めてしまう、というところが、難点といえば難点でしょうか……ものすごくハイレベルなことをしているのにわかりやすい、ということが難点だというのであれば)。

あまり重めのものが好きではない私のようなライトな読者でも、このくらいの長さなら耐えられる、というところもオススメです。

さて、覚悟を決めて『慟哭』を……まだ当分は読めないな……。