深水黎一郎氏をしばらく追いかけてみようの薄めの本のコーナー。
倒叙物、というのはオースチン・フリーマンが産み出したとされている(もっと前にも、同じような試みがあったようですが)作風で、『刑事コロンボ』『古畑任三郎』と書いてしまえば「ああ、あれね」とわかる、ミステリの一ジャンルです(本格の一ジャンル、でもあります)。
捜査側の地道な捜査を描ける、そして結果良質のパズラーとなる、などの利点があるのではないかと思います(犯人側から見たサスペンス、という意味でも、息詰まる攻防が描けるのかもしれません)。
本作では、「懲戒処分になった元警視庁の敏腕刑事が作成した<完全犯罪完全指南>」という裏ファイルがネット上に出回っており、犯人たちはそこに書かれた方法で完全犯罪を実行しようと試みます(このファイルは、保存ができずネット上でもランダムにしか出現しないもの、とされています)。
「春は縊殺」、「夏は溺殺」、「秋は刺殺」、「冬は氷密室で中毒殺」、と四編の短編が収録されています。
それぞれ<完全犯罪完全指南>に則って、細部まで犯人が見破られることのないように実施されようとするのですが(季節と殺害方法にも、きちんとした理由付けがあります)、当然ながら倒叙物ですから、「犯人の見落とし」「犯人のミス」がきっかけとなって、刑事たちによって犯人が見破られるわけです。
それが何か……というのを書くのが、倒叙ものでは一番のネタバレになるので何とも……。
「完全犯罪」に挑もうという犯人たちは、当然ながら被害者に身近にいるわけで、相当に危ない橋を渡らなければならない。
しかし、これは「2時間サスペンス」ではありませんから、最終的には物証が出ない限り、裁判をくぐり抜けて無罪、ということもあり得るわけです(「2時間サスペンス」の犯人が、あまりに簡単に犯行を自供してしまうのは有名です……当然あれも、裁判で証言を翻すことは不可能ではないのですが)。
その一点に狙いを絞って、<完全犯罪完全指南>を利用するのですが、こういう「完全犯罪のトリックを書いた何かを使って完全犯罪を行う」というのは、ミステリ界ではわりと古典的なネタだったりします。
倒叙ものも古典的。
つまり、古典古典した作品なのがこの『倒叙の四季』なのです。
ただし、科学的知見は最新のもの。
フリーマンが、最初に倒叙物を物したときに比べれば、科学捜査は格段に進歩しています。
そのことも含めて、警察と素人の知識量には圧倒的な差があります(「2時間サスペンス」の中の残念な警察というのは、現実にはあまり存在しないものなののかもしれません)。
ここに、「元警視庁の敏腕刑事の作った<完全犯罪完全指南>」のリアリティ(作品内において、です)が効いてくるわけですね。
うん、いい構成。
犯人の狡智な(カンニングによる)殺人事件に挑むのは、警視庁の海埜刑事です。
『花玻璃窗』にも登場した、深水氏の作品のシリーズキャラクターです。
「ミステリーの話になったのでついでに言わせてもらうと、ミステリー小説で名探偵とやらが、一応辻褄は合うけれども何一つ物証の裏付けのない推理を披瀝して犯人を指摘すると、あっさりと観念して罪を認めたり自供をはじめたりする犯人が多いことが俺には納得できない。状況的に見ても、まだまだいくらでも言い逃れができる筈なのに。」(p26)
「昔、犯人が舐めて張った切手の裏から犯人のDNAが検出されて逮捕に至るという推理小説を読んだことがあるが、あれは作者が勉強不足だ。唾液や汗、涙などにはDNAは含まれていない。」(p150)
犯人も作者も勉強あるのみ、のようです。