べにーのDoc Hack

読んだら博めたり(読博)何かに毒を吐いたり(毒吐)する独白

『不可能犯罪捜査課』ディクスン・カー

 

 

……生まれる前の出版だ。

というわけで、古典も読んでますよ、むしろ古典が、黄金期が読みたい本格ミステリファンの末席を汚すものです。

カーさん、といえば、フェル博士とH・M卿ですが、いやいやアンリ・バンコランでしょう、いやいや……昭和末期のオタクからすると、不思議なくらいにおっさんが探偵なんですよね……説得力の問題だろうな(意外性よりも)。

スコットランドヤードのD3課、マーチ大佐を中心に、不可解な事件を担当する、『相棒』みたいな設定ですな、今でも通用しますな、中二病は汎世界的、汎時代的なんですな(?)。

収録作品は「新・透明人間」は、空中に浮いた手袋が拳銃を発射した事件ですが、トリックとしては超古典的、って当たり前なんですが。

「空中の足跡」は、雪の上の足跡系の話で、トリックとしては超古典的、って当たり前なんですが。

「ホット・マネー」は、強奪された金が部屋の中から一瞬で消えた、というお話で、トリックとしては心理的盲点(全部そうだな……)をついたものですが、これはそうですね、お国柄があるかもしれません……『D坂〜』が日本人特有の密室と言われることが多い、のと似てますかね。

「楽屋の死」は、ダンス・クラブの楽屋で踊り子が殺されていた、という話なのですが、ええと、説明が難しいな……アリバイトリック、になるのか……トリックとしては超古典的、ってだから当たり前なんですよ。

「銀色のカーテン」は、雨降る広場で、突如出現した短剣が男の首筋に突き刺さっていた、というお話で、トリックとしては超古典的、って当たり前なんですよねそりゃ。

「暁の出来事」は、誰も近づかない岩の上で死んでいた男が自殺だったか他殺だったか、という話で、トリックとしては超古典的も古典的で、思わず「これか!」と叫んじゃったくらいです(元祖かどうかはわかりませんが)。

「もう一人の絞刑吏」は、D3課ものではないですが、十九世紀アメリカで、絞首刑に処される予定だったのに器具の不備で刑の執行が少し延期されている間に、絞殺されてしまった、という話で、地味ですが好みですね……またパズラーなのがよいですね、はい。

「二つの死」は、色合いの異なるお話で、事業に疲れた若き社長が豪華客船の世界周遊の旅に出て戻ってきたところ、自分の自殺した記事を見つける、という……ある意味非常にカーっぽいお話で、現実的にはあまりいただけないトリックが主となっているのですが、余韻の残るオカルトめいたところが好みです。

「目に見えぬ凶器」は、証拠の消失もので、これまた「これか!」と叫んでしまうような、古典的なやつですね……これだけで「あれだな」と分かるかたもいらっしゃるかと。

「めくら頭巾」……今ならこの訳はアウトでしょうが、時代ということでお許し願いたい……こちらは、一人の女性が半ば焼かれながら、喉を鋭利なもので切り裂かれて死んでいた、という事件について語る女性と、推理作家夫妻のお話……なるほど、これだけの材料で味付けを考えれば、こうしたサスペンスができあがるのか、と……古き良き時代の最先端であり、またゴシックの香りの残る奇妙なお話、です。

 

何しろ古典ですから、そうと思って読まなければ古臭いです。

しかし、千年前の物語でも、読み手にとっては最先端でもあります。

1940年が初版の本、80年前に、これだけのことがもうすでに行われていたのですから、ミステリの鉱脈は掘りつくされたように思ってしまいますが、自らを喰らい再生するかの如く蘇るのもまた物語……思えばルネッサンスとやらも、そうしたものではなかったでしょうか。

新訳が出ていればそちらのほうがよいとは思いますが、翻訳物が苦手でないかたは、カーの短編はおすすめです(いや、単に私が短編ミステリ好きなだけですけども)。

創元の翻訳物って、その訳文や活字からして、味がありますよねぇ……と思って読めたらもう一人前です(?)。