べにーのDoc Hack

読んだら博めたり(読博)何かに毒を吐いたり(毒吐)する独白

『貴族探偵対女探偵』麻耶雄嵩

 

貴族探偵対女探偵 (集英社文庫)

貴族探偵対女探偵 (集英社文庫)

 

 そういえばドラマになってたなぁ……観なかったですけれど。

麻耶雄嵩さんの<貴族探偵>シリーズ第二弾、今回はライバル……いや貴族探偵にライバルは存在し得ないのですが、敵役的な女探偵・高徳愛香が登場します。

連作短編なので、前作から読んでいるほうがもちろん面白いですし、本作も順番に読み進められるのがよろしいかと思います。

タイトルは百人一首からとっているらしく。

1「白きを見れば」では、戦前に建てられた山荘で起きた殺人事件に、たまたま友人から招かれた女探偵が遭遇し解決しようとするお話。

クローズドサークルにおける犯人探しの見本のようなストーリーが、まだまだ探偵としては駆け出しな愛香が、いかに(本格ミステリに登場するような)名探偵として解決に導くのか、丁寧に描かれていて、こちらもまた本格のお手本のように思える作りです。

まあ、麻耶雄嵩さんですから、そこに一癖二癖ないはずもなく……心地よいです。

2「色に出でにけり」では、女神のように崇拝されている女性が、付き合っている男性を(複数)自宅に招いたところ発生した殺人事件に、依頼されて女探偵がやってきます。

動機の解明まで鮮やかなパズラー、という感じですが、それより登場人物の生々しい描写が気になります。

いないだろうそんな人、というキャラクタをいてもおかしくないと思わせるのが物語の醍醐味でもありますから。

3「むべ山風を」では、大学の情報漏洩の件で招かれていた女探偵が、たまたま貴族探偵と遭遇し、優雅なティータイムを楽しむ中で発生した殺人事件に挑むというお話。

ティーカップをめぐる論理が秀逸です。

4「幣もとりあへず」では、座敷童子が願いを叶えてくれる、という山奥の旅館で起こった殺人事件を、オカルトハンター(?)の友人と訪れていた女探偵が解決しようと奮闘するお話。

1ネタで全部持っていくところと、その丁寧な描写は、さすがと言うしかないですね……こりゃ騙されます(しかも、わかりやすく)。

5「なほあまりある」は、ウミガメがやってくるという島に、謎の(高額)依頼で呼び出された女探偵が、依頼の内容もよくわからないまま、殺人事件に巻き込まれるお話。

 

ネタバレでもないでしょうから書いてみると、本作は女探偵が貴族探偵にこっぴどくやられる(実際に何かされているわけではないですが、推理勝負で負ける)という、結構なひどいお話です。

といっても、そこは麻耶雄嵩さんです、ブラックユーモアや諧謔に溢れた作風は、他のシリーズにも共通していますが、不思議と後味が悪くないのは、ひどさのレベルがすごすぎて、もう女探偵がんばって、としか思えないからかもしれません。

普通に書けば、普通に優れた本格なはずなのに、物語的にツイストを入れてくるところなんかがきっと麻耶雄嵩好きにはたまらないんだろうなぁ……。

 

で、ドラマはどうだったんでしょう?

何故に、よりにもよって麻耶雄嵩さんだったのか(けなしてません)。

本シリーズは、貴族探偵というキャラクタが、自分では推理しないで、優秀な使用人が代わりに大活躍する、という構造が面白いのではなく、それ自体が本格ミステリに対する諧謔に富んでいるから面白いんですよね……本格を知っている人間ほど、にやりとしてしまうといいますか……ですので、ドラマでやって受けるとは到底思えないわけです(かといって、メルカトル鮎を出すわけにもいかんしなぁ……)。

それをやってみた、というのは本格ファンからすれば大いなる蛮行としてむしろ賞賛したい気持ちです。

同時に、「何で麻耶雄嵩?」という疑問がどうにも払拭できず……制作の方々がその辺りを理解していなかった、とは思いたくないのですが……だから、ドラマの酷評は原作者の責任ではない、と思ったりしています。

キャラは派手ですが、ネタとかトリックとか、地味で堅実なパズラーだったりするので、ますますドラマ向きじゃねえ……とか思いますし。

うーん、何だったんだろう……。

 

「相手を怒らせて反応を伺うというのは刑事だからこその技で、何の権限も持たない探偵はむしろ関係者の気を緩めて証言を引き出さなければならない。北風と太陽で云えば太陽。」(p125)

 

本作では随所に、女探偵の師匠である名探偵の名言、探偵としてのあり方などが散りばめられており、それを元に造形できれば自分でも市井の名探偵を生み出せるのではないか、と勘違いしそうになります。

そういったものを根こそぎ破壊してぺんぺん草も残らないようにしていくのが貴族探偵なのですが、その実、それは名探偵と表裏一体の真理を体現しているのではないか……と小難しく考えてみたりします。

貴族探偵(なのか、作者なのか)の意地悪に負けるな、女探偵!